嘘をつく

嘘をつく。僕は君に嘘をつく。いつだって嘘をついている。
本当のことは言ったことがない。というか、本当のことなんて、ない。
どうせすごいことは考えていない。
伝えなきゃいけない真実なんてない。
日々の暮らしは実際のところ、たいしたことがない。
目の前の出来事について、どんなふうに思って、
どんなふうにそれを言葉にしたところで、何が変わるわけでもない。
適当に言ったとしても、大体の内容は伝わる。
僕と君の間のコミュニケーションとは、その程度のものだ。
僕が僕の中で思う100%を伝えようとしてもそれは無理だ。
100%伝わらない、ということの方がむしろありえる。


君だって僕に嘘をつく。
僕にはどれが嘘でどれがそうじゃないのか、ちっとも分からない。
でも、それでいい。そういうものにしかなりえない。
本当も嘘もないのだ。
伝えるという行為だけがそこにある。
中途半端な「何が?」と中途半端な「どんなふうに?」の掛け合わせで
ほとんどのことは伝わってしまう。
あるいは、伝わった、伝えたという幻想を抱く。
何かがそこに生まれて、成り立ってしまう。
そこでは僕の「A」と君の「A」は近似値として一緒かもしれない。
僕らのコミュニケーションの仕組みとは、実際、そういうものだ。


こんなことを言いたかった、という言葉にならないもの。
それを言葉にして、口に出してみたら違っていてもどかしく思う。
そんなはずじゃないのに。だけど、相手は、君は、それを何も思わず受け止めてしまった。
言葉にするということがそもそも嘘を含むものなのだ。何もかもが嘘になってしまうのだ。
みんな多かれ少なかれそのことを知っている。気付いている。
なのに僕らは、言葉という手段に頼っている。
だって他に知らないから。
他に、どうしようもないから。
そう、誰もが騙されたがっている。
誘惑されて、「嘘」という名の甘い言葉を囁かれることを、ずっと待ち望んでいる。
そこでは、完璧な嘘は完璧な「真実」に近い。


今日も僕は嘘をつく。君に嘘をつく。
そして君もまた僕に嘘をつく。
だけどそれでいいと思っている。
僕は君の目を見て、君は僕の目を見る。
僕は目を逸らせて、君もまた目を逸らせる。
言葉を探す。嘘にしかならない言葉を探す。
本当のことなんて、どこにもない。
この世界のどこにも、ない。
そしてそれゆえに僕らは探し続ける。
嘘だと、知っていながら。
そうしないことには、生きていけないから。