入寮日 その2

何人か「先輩たち」が現れた。
部屋着としてジャージを着ている先輩もいれば、
薄手のベストなんか羽織ったりして小奇麗な格好の先輩もいた。
この小奇麗で長身の先輩が、後に僕の人生に大きな影響を与えるSさんである。
薄暗くて今に壊れそうな寮とのギャップに僕は驚いた。
「名前は?」
オカムラと言います」
「そうか、01だな。Kやんの部屋だな。よろしく。俺は・・・」
その場で自己紹介が始まる。
ま、とりあえず部屋行くかと案内される。
先輩たちはサンダルを履いていて、僕は玄関にあったスリッパを履く。


「俺たち、北2Aだから」
北棟の2階のAブロックのこと。南4Bだと南の4階のBブロックとなる。
これから先はブロック単位の生活になると説明を受ける。


廊下を突き当りまで進んで、階段を上っていく。
埃っぽく、壁のタイルがはがれていたりする。
不安な気持ちになる。
こういうところにいたらこれから先の
僕の「キャンパスライフ」も暗くて地味なものになってしまうのではないか?


階段を上った先に掲示板があって、
北2Aの誰が最も単位を落とすかを
それぞれ競馬の馬に見立てて予想するというのが貼り出されていた。
先輩たちは先に進んでしまっている。さっと盗み見る。
落とさない人は全く落とさず、落とす人はたくさん落としているようだ。


廊下に部屋のドアが並ぶ。
それぞれに「ようこそ ○○君」と趣向を凝らした手書きのポスターが貼られている。
(なんかのポスターを裏返した、白紙の部分に描かれている)


僕の部屋北201号室は一番奥にあった。
僕のところだけポスターがない。
先輩が気付いて、「ああ、Kやんはめんどくさがりだからなあ」
「今、05のYと一緒に吹奏楽の合宿に行ってて今日明日いないから」
(このK先輩が昨年、一昨年と僕を年に何回か合コンに誘うことになる)


部屋の中に足を踏み入れる。
唖然とする。廃墟のようだった。
壊れたスチール棚。ボロボロに破れたカーテン。
なんに使うか分からない、「物」としか呼びようのない物があちこちに散らばっている。
動いているとは思えない冷蔵庫。ソースが外に放り出されている。
四隅に机。いや、そのうちの1つ、奥の右側になぜかオルガンが置かれている。
「ああ、前に住んどった先輩が置いてったんや」
誰かが弾いている形跡はなく、ただの物置と化していた。
「Kやんの机どれ?あれだっけ?」勉強している気配、全くなし。
手前の左側がKさんの机で、奥の左側と手前の右側が空いている。
僕は手前の右側の机にする。というか、そこに僕のダンボールが置かれていた。
僕は泣きそうな顔になりながら「掃除機ないですか?」と聞く。
先輩たちは顔を見合わせる。
「箒と塵取ならあるけど」仕方なくそれを借りることにする。
とりあえず僕は棚と机の雑巾掛けを始める。すぐにも真っ黒になった。


ダンボールを開けて、CDを何枚か取り出す。
それと Rockin'on の最新号。
それを見て、Sさんが「おお、おまえロック好きか?」
「ええ」と僕は答える。
このときの僕の返事の仕方がとても生意気だったみたいで、後年何度も笑いの種にされた。
「それのどこがいけないんですか?」と言わんばかりの。
「俺もロック好きなんだよ」


ちょっと来てみな、と外に出て先輩の部屋05へ。
ここは全然雰囲気が違っていた。きれいに片付いて、くつろげる空間となっていた。
先輩の机にはグラム時代の David Bowie の写真が貼られ、
棚にはCDも何十枚と並んでいた。
その当時はやっていた、UKだとマンチェスター、USだとグランジ系が多かった。
僕が持っていないものが多かった。僕は目を輝かせる。
でも僕は逆に「これとこれとこれ持ってます」みたいなことを背伸びしてアピールする。
「そうか。ま、聞きたいのがあったら好きに持ってってええよ」
(このS先輩が後に僕を映画サークル「映創会」に引っ張り込む。
 2年後に僕は部長となり、院生時代に無数の映画を監督することになる)


入寮日が4月2日・3日となっていて、どちらに来てもよかった。
北2Aに振り分けられた新入生の同期のうち、誰がどの日に来たかはあんまり覚えていない。
05には即にTが来てて、こいつが「01のオカムラで、こいつが05のTで」って紹介されたと思う。
あれこれ話すべきことは多々あったんだけど、僕は掃除の途中でとりあえず自分の部屋に戻った。
荷物を片付けていると誰かが時々覗き込んできて、「あ、君が01の新人?」みたいに言われる。
その度に僕は「オカムラです。よろしくお願いします」と挨拶する。東北弁でボソボソと。
他の部屋の新人も恐る恐る様子を伺いに回ってきたと思う。


そのうち昼の時間になって、
先輩たちが「どうする?」と相談して、「じゃあ××に連れてくか」となる。
僕の部屋のすぐ横に非常口というか裏口があって、そこから出て行くという。
スリッパだった僕はダンボールの中からスニーカーを出して履く。
非常階段を下りて、草むらの中を歩いて、大学の敷地から外に出る。
住宅街をしばらく歩いて、飲食店の立ち並ぶ通りへ。
その中の一軒の定食屋へ。
奢りだから何でも好きなのを頼めばいい、と言われる。
驚いたことに、寮のしきたりでこの日だけじゃなくて4月いっぱい先輩の奢りなのだという。
すげーと思う。「大学生ってお金があるんだなあ」
でも、そんなわけなくて、こういう寮に住んでるぐらいなのだからお金なんてないのだ。
事前にお金を積み立てるなり貯めておいて、用意しておく。
翌年の同じ時期、僕らもそうした。僕はバイト代を貯めておいてそこから捻出した。


唐揚定食とかそんなのを食べたと思う。
食べながら、出身地はどこかとか学部はどこかとか、他にどの大学を受けたとかそういう話をする。
先輩たちにはどういうバイトをしているかとか、どういう授業があるかとかを聞く。
食べ終えて寮に戻る。