入寮日 その3

(汚い話になってくるので、女性は読まないことをお勧めします)


午後の記憶ははっきりしない。
先輩や同期たちと麻雀を打ったのではないか?きっとそうだと思う。


夕方、ラーメン屋へ。
駅前まで歩いていって、「大勝軒
東池袋の「大勝軒」ではなく、永福町の「大勝軒」の暖簾分けであるらしい)
ものすごく煮干が効いたしょうゆ味のラーメン。特においしいとは思わなかった。
後にも先にもここではこのときしか食べていない。


戻ってきて、「コンパやるぞ」と言われる。
「コンパ?」と聞いてもよく分からない。
若い男女が同席して酒を飲むことだろうか?だとしたら歓迎イベントとしては気が利いてるなあ。
それにしても、女性たちはどこから?寮には女子ブロックがあるから、そこの人たち?


1階の「集会室」ってとこに連れてかれる。
壁と絨毯とスチームの暖房があるだけの部屋。
壁にはびっしりと麻雀の点数計算と役満の記録。
後はたわいのない落書き。それで埋め尽くされている。
「新入生は輪になって離れて座れ」
言われた通りにする。ポテトチップの袋が無造作に配られる。
トイペとメンキは?」トイレットペーパーと洗面器のこと。
誰かが段ボール箱にゴミ袋をセットする。
「お立ち台は?」ビールのケースを裏返して、真ん中に置かれる。


「いったい何が始まるのだろう?」
僕を含めて新人たちは戦々恐々。
6人ぐらいいただろうか。北2Aブロックの新人は全部で10人、そのうち3人がまだ来てなくて、
1人は両親が来ているからと明日また来ることになった。


先輩たちが、僕らの間に入って座る。
「じゃあ、始めっか」「誰から?」「じゃあ01からにすっか?」
オカムラ、立て」僕はおずおずと立ち上がる。
「そこ、お立ち台に」僕はビールのケースの上に立つ。
「ビール渡してやって」受け取った紙コップにビールが注がれる。


「じゃ、まず飲んで」
大学生が飲むって言ったらそりゃ一気飲みだろう。
これぐらいの量ならまだなんとかなる。
「せぇーーのぉーーー!! ワッショイショイショイショイーーー」
僕は飲み干す。
掛け声と拍手、そして先輩たちは神妙な顔つきの人もいれば、笑い転げている人もいる。
僕の隣で立っていた先輩がビールを注ぐ。
「じゃあ自己紹介してもらうか。部屋は?」
「北201です」
「はいっ!マールイチ!マールイチ!マールイチ!」
「いない!?じゃあ、カワイソウ!カワイソウ!カワイソウ!セェーノォー・・・」
あーここでこのビール飲み干さなきゃならないんだろうなあとなんとなく察する。
ゴクッと飲み干す。
「学部は?」
社会学部です」
「シャーカーイ!シャーカーイ!シャーカーイ!セェーノォー・・・」
Sさんが立ち上がり、「おまえらにもいるだろ?立て」と新人たちに向かって言う。
何人か立ち上がる。「一緒に乾杯しろ」
乾杯する。
こんな感じで、出身地や将来の志望(弁護士、公認会計士、国家公務員1種・・・)など
一致するものがあったら乾杯していく。


「じゃあ、好きな女の名前」すると一斉に歌い出す。
「えーぼーしー、いーわがとぉくにみえるー、まばゆいばかーりー、さぁんーごしょおぉー」
「こころかーらーすきだよー」
僕はもちろん、きょとんとする。
「好きな女の名前言え」
そしてもう一度、「こころかーらーすきだよー」
僕はとっさに、高校の同級生で同じ大学に受かった子の名前を出す。「Y子」
すかさず、その子の名前でコールがかかる。「ワーイコ!ワーイコ!ワーイコ!」
「あー俺、そういう名前の子好きだったかも」と先輩の誰かが笑いながら立ち上がる。
「セェーノォー・・・ワッショイショイショイショイーーー」
「馴れ初めは?」
「学校が一緒で」
「告白した?」
あの、その、としどろもどろでいると
「やった?」
「好きな体位は?」
そんな質問ばかり。ここって、ニホンデモユウスウノヘンサチノタカイダイガクナノニ、と思う。
どうして僕はここで立たされて、こんなに飲まされているんだ?


なお、この「えーぼーしー」で始まる歌はサザンの「チャコの海岸物語
「心から好きだよチャコ」のところをそれぞれ意中の女性の名前で言い換える。
寮にいる間、しょっちゅう飲み会があって、毎回必ずほぼ全員やっていた。
好きな女ができたとなると歌われて、童貞を捨てたとなると歌われて。
僕もその後、寮にいる間に4・5人の名前は出したと思う。


そんな感じで自己紹介が続いていって、
僕は何杯飲んだだろうか、というか飲まされただろうか。
「おまえ強いなあ」と言われた瞬間、目の前のダンボールの中に滝ゲロ。見事なまでの。
「あれほどまでに美しい、ほとばしる滝ゲロ、見たことがない」
とその後何年にも渡って語り継がれ、「オカムラと言えば滝ゲロ」と。
30過ぎた今でも、まあ、やらかしてるわけですが・・・


介抱されているとそこへ、ドアがバターンと開いて、
「パーンパカパーンパカパーンパーン、パーパラッパパーパラッパ、ハイ!ハイ!ハイ!!」
「とーとのながーれ、せんねんのー、すーみだをまーもる・・・」
ゴリラみたいな人が立っていて(そのときにはそう見えた)
ヤクザみたいなシャツを着ていて、ビンビールを渡されてそれを全部イッキ。
どう見ても新聞の集金のおっさんにしか見えなかったのに、
自己紹介をして将来は弁護士になるという。
途中参加、「駆けつけ」はビンビール1本、イッキが恒例。


吐いてもまだ続いて、自己紹介で飲まされて、最後はポンシュ(日本酒)でシメ。
スリキレ5杯だの10杯だの、紙コップに注がれて。
「イッパイメ!イッパイメ!イッパイメ!セェーノォー・・・」
全部飲み終えて、またエロエロと吐く。


これでようやく僕の分が終わり。その後、5人続いた・・・
悪夢のような一夜。
部屋に戻って2次会もあったと思う。
(この「洗礼」に耐えられず、すぐ退寮する人も毎年何人かいる)


次の日、3日から来た同期はその怖さを知らず。
今日もあるらしいと聞いて、1日のアドバンテージのある僕らはほんの少し先輩風を吹かす。
ま、つぶされるのは結局一緒ですが。


そんな感じで。
大学生活最初の2年間をここで過ごす。飲んで飲んで飲まれて飲んで。
青森から出てきた青白い文学少年はもまれ続けるうちに無茶苦茶鍛えられて、
そして今に至るのだとさ。