スペイン一人旅 その16(7/27:この世界が一つの演劇であるならば)

okmrtyhk2009-08-15


6時には目が覚めただろうか。
朝食のため、7時に下りていく。
これだけ朝早かったら中学生たちにも会わないだろうと思っていたら、
早くも賑やかにテーブルを占領。
なんかどうもTシャツを見ている限りでは中学校の水泳部か地域ごとのスイミングクラブのようだ。
それが3チームほど。それぞれ着てるTシャツが違う。


今日は金を節約しようと昼を抜くことにする。その分ここで食べておく。
サラミ2種類、ハム、チーズ、ソーセージ、豆、パン、ヨーグルト、
缶詰の桃にパイナップル。ホットミルク、ホットコーヒー。
子供たちがトースト焼き器に群がる。


このホテルにもインターネットができるPCが置いてあったので利用する。
15分で3ユーロ。かなり非力。Yahoo!メールを見ようとしたら、OSが対応してませんと出たり。
Yahoo!ニュースを見る。近畿地方で大雨。清志郎さん母校野球部が初4強。
日本は一応、平和なようだ。


昨晩闘牛場で買った絵葉書を母に送ろうと郵便局を探すつもりでいたら、
フロントのカウンターの上に小型のポストが置いてあった。
だったら切手もあるかもと聞いてみたら置いてないとのこと。
タバコ屋に行けばあるのでそこで買いなさいと。がっかり。


この日はガウディ尽くし。
まずは本命サグラダ・ファミリア教会へ。
8:45にホテルを出て、9時過ぎに到着する。


はあ・・・、これか。
昨日は一駅前から目撃してあのでかさ。目の前にするとさらに大きい。
比較するものがない。ビル何階建てなのかもよく分からない。
とにかく、土色の尖塔がニョキニョキと何本も何本も天を目指して伸びている。
正面に回って入ろうとしたらガラガラでなんだ朝早いと余裕だなと思っていたら団体の入り口。
裏側に回って、\個人の入り口を見てみたら長蛇の列・・・
20分ぐらい待っただろうか。
グエル公園のガウディ博物館とセットの入場券を買う。13ユーロ。


中に入る。どこもかしこも白い。
真っ白な柱がどこまでも高く伸びているだけのがらんどうで、正に建築中だった。
出来上がっている箇所もあったけど、たいがいの柱の周りには果てしなく足場が組まれていた。
礼拝堂のようなものは完成しつつあって、長椅子が並んでいる。
その奥の壁には真っ青なステンドグラスがはめられ、
その向かい側の壁には赤やオレンジを基本にしたカラフルなステンドグラス。


早速エレベーターに乗る列に並ぶ。
(日本からのツアーだと、中入るだけで上まで行かないのもあるみたいですね。
 そう考えると、ツアーじゃなくてやはり個人で行った方がいいんじゃないかと)
10分ほど待つ。エレベーターに乗り込んで、乗り込んで別途2.5ドル徴収される。


上まで行く。
先頭の中の狭い螺旋階段を上ったり下りたりする。ところどころで風景を眺められるポイントに出会う。
どこもかしこも建築中。ヘルメットをかぶったその辺の工事現場のおっさんがあちこちにいる。
様々な高さの何基ものクレーンが右に左に物資を運ぶ。
出来上がった尖塔の外壁や内壁には様々な装飾。
磔にされるキリスト。聖母マリア。お供え物の果実。佇む賢人。


絶え間ない削岩機やグラインダーの音に、10時の鐘の音が重なる。
穏やかな、安らぎに満ちたメロディが流れる。
なんだか象徴的で、感動的な音だった。
ノイズ+安らかなメロディ。
Einsturzende Neubauten が目指していた音楽は実はこういうのだったのではないか。


感動が、そこにはあった。
会社のMLに充てて、恥ずかしくも僕はこういうメールを送る。
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サグラダ・ファミリア教会。


これに感動せずして、人類が生み出した文化というものの、
いったい何に感動すべきだというのか?


この世界が一つの演劇であり、
たった一つの物語が紡がれ、語られるならば、
ここサグラダ・ファミリア教会は
その永遠に未完成の舞台装置だと言っていいだろう。


終わりがないと知りつつも一つ一つの作業を続け、
次の世代の若者たちに伝えていく。
これこそ、文化というものだ。


僕はやはり、文化とか芸術と呼ばれるもののために生きて、死にたい。


日本で暮らす生活のいかにちっぽけなものか。
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バルセロナの風景と建築現場と。
ひとしきり眺めた後で先頭を下りていく。永遠に続くかのような螺旋階段。
見上げたときに眩暈がした。
途中の壁には世界各地の観光客が書いた落書き。
ありとあらゆる場所、ではなくて皆が配慮しているのか何箇所かに限定されている。
僕も名前を書いておきたかった。


1階に戻ってくる。
1階で作業している人たちの様子を見てみる。
彼らとの間には柵が設けられている。
見つめられることに慣れっこになっているのだろう、彼らは課せられた淡々と作業を淡々とこなしていく。
修行僧のようではない。
現代に生きる1人の人間として、ただ普通に自分のできることを続けていく。
周りの誰かと相談し、粉を水に溶かし、かき混ぜ、運び、数え、片付ける。
何もサグラダ・ファミリアだから特別なのではない。
ここでなされる営みそのものが文化・文明というものについて示唆的であるように思う。


完成の予定は、2256年であるという。
この世界は、人類は、それまで持ちこたえているだろうか?


教会の外に出る。
すぐ横の部屋に小さな博物館があった。
ガウディはどういうモチーフを組み合わせてこの建築物を構想したか?
どんな材料を用いたか?などを語る。
そのユニークなアイデアの数々。
完成形なのだろうか、あくまで部分なのだろうか、模型が飾られていた。


ミュージアムショップで一番安い日本語のガイドブック(5ユーロ)と
ガウディの建築の絵葉書のセット(2.9ユーロ)を買う。


地下にもう一つ大きな博物館があった。
ファサードに設置されたペリカンの像であるとか、
年代ごとの製作状況を追った写真の展示であるとか。
1890年代後半はまだ基礎部分を造っていくのみで、20世紀に入ってようやく縦に伸びていく。
尖塔が1本ずつ、1本ずつ、長い年月をかけて形になっていく。
建造に携わった歴代の建築家の写真とプロフィールを掲げた部屋があって、
中には日本人建築家の今井兼次氏の名前もあった。


□公式サイト
http://www.sagradafamilia.cat/