「Frozen Beach」断片

昔書いた「Frozen Beach」という短編の続編を書いている。
以下、全然うまく書けなくてカットした部分。

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オフィスビルから離れて、東へ。一直線の壁が目の前に立ちはだかる。
万里の長城ベルリンの壁。分断する。
電線が連なって伸びていることから、
高速道路ではなくて、この上を鉄道が通っていたのだろう。
壁に沿って歩いていくとトンネルのようになっていて、
吹きだまった軽い雪が小さな砂丘のようになっていた。
向こう側が見える。


鉄骨とタイヤらしきものが突き出ていて、雪を払ってみると出前用のカブだった。
タイヤが凍り付いていて、動かすことができない。今となっては乗れそうもない。
諦めて蹴りつけるとぐらりと揺れてこちらに向かって倒れ掛かってきた。
慌てて飛びのくが、左足首が下敷きになった。
心臓がバクバク鳴る。
残響音のように、そのときの音が僕の中に聞こえてきた。
落ち着いて、雪で埋まった下からそーっと足を抜き出す。
折れてはいないが、ひねったみたいでジンジンと痛む。
立ち上がって、左足を引き摺りながら向こう側へと歩いていく。
トンネル。わずかばかりの。
これまで幾つものトンネルを僕は抜けてきたことだろう。


左側をふと見ると、僕の目の高さぐらいで、
黒ずんだ木製の枠にガラスがはめ込まれているのが隙間に見えた。
ガード下の焼き鳥屋といったところだろうか。
入り込めるんじゃないか。
僕は露出している箇所から少しずつ雪を払った。両手で引っかくように。
雪の固まりをこそげ落とす。
下に下に続けていって、引き戸の全体像が見え出すと僕は後ろに後ろに下がって、
左足をかばうようにしながら体当たりしてみた。
一瞬たわんだようだが、びくともしない。
もう一度試してみる。今度は勢いをつけて、思いっきり。
ミシミシと音がした。もう一度。さらにもう一度。
何度目かでいきなり、戸がグラッとして倒れた。
悲鳴のような音。
体重を預けていた僕は一緒になって急角度に倒れる。
体全体を強打。全身を往復する痛み。
思わずうずくまる。「いってーよ」わざとらしく何度も何度も声に出して言う。


何分か何十分かして、ようやく立ち上がった。
戸は遮るものなく、まっすぐに店の中へと倒れていた。
きれいなものだった。石のようなコンクリートのような、古びた床。
丸椅子が倒れている。カウンターがあって、日本酒の一升瓶がいくつも転がっていた。
死体が、三つ。カウンターの中に一つ、カウンターの外に二つ。
そのうちの一つは女性だった。
エプロンらしきものを着ていて、わずかに残された髪が長かった。
困ったことに、ずんぐりむっくりした体の、
板前の着るような白い服を着た男が冷蔵庫のドアにしがみついていた。
中には、守るべき何が隠されていたのだろう?
今更感染することはないとは言え、死体には触りたくなった。
それ以上に、怖かった。
その世界に交わりたくなかった。
僕は今、ある種の虚構の中に生きている。
その魔法みたいなものが効力を失う。それが怖かった。


ざっと見渡してみた。
メニューのところは見ないようにした。
水着姿の女性がジョッキを手に砂浜に立っている。
どこかで同じものを見たことがあるような気がする。
だけどそれがいつ、どこでだったのか思い出せない。
棚の上にジャムぐらいの大きさの瓶詰めが並んでいた。
丸い巣の上に立って、いくつか手に取ってもた。
澱んだ水が凍り付いて中に何かが浮かんでいる。
こんなもの、火で暖めて溶かしたところで食えない。元の場所に戻した。
黒い虫の屍骸を手にして、慌てて床に投げつける。


店の外に出た。またしても、収穫はなし。
死体と共に眠るつもりもない。どっか他を当たってみよう。
戸を閉めて、店の外で、折り畳んだ毛布を敷いてそこに座った。
左の足首がまだズキズキと痛む。
リュックサックからチョコレートの最後の一欠けらを取り出して、口に含んだ。