先日、ふとしたことから Black Tambourine というバンドを知った。
名前だけでなんかピンと来るものがあって、早速 amazon で取り寄せてみた。
当たりだった。iPhone に入れて、それからずっと毎日聞いている。
会社の帰り、東京の夜空の下を歩く。風景が変わって見える。
目の前の風景を鮮やかに塗り替える音楽、実はそんなにこの世には存在しないと僕は思う。
(周りに関係なく自らを貫く音楽の方が断然多く、それよりもはるかに多いのが凡庸な音楽である)
Wikipediaを見たらメリーランド州のバンドとあった。
90年代初めにいくつかのインディー・レーベルから 7" のシングルを出して、
コンピレーションに曲を提供しただけ。
僕が入手した『Complete Recordings』というアルバムには10曲しか入っていない。
コンプリートなのに、たった10曲!
女性ヴォーカルと、ギター、ベース、ドラムという何の変哲もない編成。
90年代初めとあって、ギターは情感が一切欠落したかのような、乾いて殺伐としたノイズを奏でる。
単調だけどコントロール不能なフレーズが淡々と続く。
そこに、60年代のガーリーでドリーミーなコーラス・グループを彷彿させる歌が乗っかる。
陽の当たるお花畑を散歩するような甘いメロディー。
目新しいことは何もない。どこかで聞いたことのありそうな曲ばかりだ。
だけど、これに似ている、というミュージシャンが一切思い浮かばない。
演奏は全然上手じゃなくて、今時のティーンエイジャーのバンドの方が断然いけてるかもしれない。
ベースとドラムについては、特筆すべきポイントが何もない。印象に残らない。
なのに、そのバンドの楽曲が心に焼き付いて離れない。
何度も何度も聞いてみたくなる。
これは何なのか。僕個人としては、(安易な言い方だけど)奇跡だと思った。
影響を受けたのは
Jesus & Mary Chain や The Pastels に代表される Creation Records のグループに、
Phil Spector, The Ramones, Love, Orange Juice など。
種明かしをすれば、なーんだと思う。そのまんまじゃん。
だけど、これらのグループの歌をミキサーにかけたら
Black Tambourine が出来上がるかと言うとそれはない。
同じだけの魔法のシロップを要する。
アルバムは何てことのない曲ばかりが並ぶ。
その年初めて雪が降ったときのようになんとなくそれは始まって、
最後の雪が溶けて消えてなくなるようにあっさりと終わってしまう。
何の主張もなく、何の理由もなく。そこにいて、演奏して、歌うだけ。
そしてそれは、この世の果てから零れ落ちてきたかのように
全てを拒絶した孤独な音として聞こえる。
最初、部屋の中でミニコンポで聞いた時には特に何も思わなかった。
iPhone に移して、イヤホンを通して雑踏の中を歩きながら聴いたら全然違った。
急にいろんなものが見えだした。別の世界が広がった。
そうか、聴く側も外界を遮断してダイレクトに繋がらないと
伝わらない音楽というものがあるんだな、と気付かされた。
孤独な音は、そんなふうにして聴く必要がある。
ゼロ。音の消失点。
聴いているうちに、吸い込まれそうになる。