水曜の朝、午前3時

…目が覚めた。
部屋。…の中。明るい、消さずに寝てしまったのか。
あーあ何やってんだか…


…意識が、はっきりしてくる。
起き上がろうとして、ふと思う。
僕はいつ、目蓋を開けたのか。最初から開いていた。
それはフェードインしてきた。暗闇から。徐々に。部屋の中へ。
おかしい。


首の向きを変えようとして、僕は、
首を持ち上げるのではなく、僕自身が軽く移動しているのを感じた。離れている。
空間そのものが動いている。僕は空間の一部、ないしは一点になってしまっている。
重力とでも言うのか、それを包み込む、器のようなものを感じない。
すっきりとしていた。
疲れた体を脱ぎ捨てて、生まれ変わったようだ。


さらに移動し、回転する。…回転? くるんと。
僕は、僕を見た。僕の顔が。間近で。視界いっぱいに広がっていた。
強い意思は無く、それでいて虚ろでもない。
そんな目でこちらを見ていた。
口元がかすかに動いて、呼吸している。生々しい生き物。
その息の匂いがする。
ああ?
僕は? 僕は?


向かい合ったまま、僕/彼からゆっくりと遠ざかった。
ほっとくと宇宙遊泳のようにいつまでも一定の速度で移動していく。
そうか。不思議と冷静な気分だった。
ユウタイリダツ。ボクハ、イマ、タマシイナノダ。ハハハ。
ふーん。…これがそうなのか。
向きを変えて、空中を浮かんだまま動き回るコツを覚える。
たいしたことはない。
壁に近付く。突き抜けるかと思いきや、それ以上先に進まない。
何かが、というか、壁が、遮っている。付着した埃が見えた。
そうだ、と思って手を伸ばそうとするが、
そこにこれといって腕や指に該当するものはなかった。
何も無い。


時間が経過する。僕はただ、浮かんでいるだけ。というか位置を変えるだけ。
これと言って他に何もできない。何も触れない。何も動かせない。
一通り部屋の四隅を巡り、家具の裏を覗くとすることがなくなった。飽きてしまった。
時計を見る。水曜の朝、午前3時。


僕は僕を見つめる。起きて、目を開けている。
だけど、枕に頭をつけて基本、寝ている。
明日も早い。何が起きているのかは分からないが、さっさと眠ってしまおう。
そう思って僕は僕の顔に近付いた。
中に入って、この幽体離脱を終えてしまわなければ。
でも、どこから? 
鼻穴だろうかと近付くが、スッと入り込むようなことが起きない。
顔の周りをウロウロする。
入口のようなものはどこにも感じられない。
どうしたもんか。
僕は拒否されてるのか? ずっとこのままなのか?


初めて僕は恐くなった。
何かが起きているのだ、という感覚に襲われた。
パニック。
頭の後ろへ、指先へ。グルグルと回る。頭の後ろへ、指先へ。
そうだ。
いったん離れて、勢いよくぶつかってみる。
ふわっと停止して、顔の皮膚にじわっと跳ね返された。
僕は空間に転がった。


彼が僕を見ていた。
彼は目覚めたようだった。
今のがショックになったのか、瞬きを繰り返す。2回、3回。
そして起き上がった。
おが屑の詰まったぼろ人形。
醜悪。僕の姿はなんて醜悪なのだろう。
フランケンシュタインを思い出した。
そいつが今、手を伸ばして僕を捕まえようとする。
あてずっぽうに手を伸ばし、無様に失敗する。
僕はヒョイヒョイと逃れる。腕が乱暴に宙を横切る。
口元がニヤニヤと笑っている。だらしなく半開きになって。
僕はこんな笑い方をしていたのか。


僕が、僕を見ている。
僕が僕を、見ている。


どれだけそんなふうにして過ごしたのか。
突然、僕は、彼は、びくっとした。
何かに怯え始めた。
目に見えない誰かに耳元で話しかけられたかのようだった。
僕以外の誰か。
彼はパジャマのままサンダルを履いて、慌ててドアの外に出て行った。
そして勢いよくドアを閉めた。


部屋の中が静まり返った。
僕は1人、取り残された。
誰もいなくなった部屋。
僕は僕がベッドの上、眠っていた跡を眺めた。
僕は僕が戻ってくるのを待った。そうするより他、なかった。


やがてここも朝になる。朝が訪れる。
目を閉じるにも目蓋は無く、呼吸するにも肺は無く。
声も無く、夢を見ることも無く。
もしかしたら永遠に、こんなふうにして存在し続ける。