昭和50年1月1日の新聞

本社のキャビネットに押し込んでいた荷物を今月中に片付けなさいとのお達しが出て、
先月から今月にかけて何度か足を運んでダンボール3箱分の書類を整理した。
あるものはシュレッダーにかけ、あるものは今の常駐先にとりあえず持っていった。
多くは研修のテキストや以前のPJの資料や
入社時の配布物(「○○のしおり」みたいなやつ)なんだけど、
時々思いがけないものが出てくる。
入社式の集合写真(自分がどこにいるのか最初全く探せず)や
入社後配属された部門の先輩から渡されたクレヨンで1ヶ月近く書いていた絵日記、
酔っ払った勢いで書いた支離滅裂なPJ革命計画、阿部首相辞任の号外。


そんな中、今日見つけて「おや?」「なんだこれ?」と思ったのが
朝日新聞の一面のコピー。最近のじゃなくて、かなり昔っぽい。
なぜこんなのがここに? 捨てようとして気付く。
末尾に「東京タワー 来党記念 2004年3月13日(土)」
そうだ。この日自分の映画の撮影がてら東京タワーに上って、たまたま見つけた
あなたの誕生日の新聞をプリントします(1回400円)ってのをやってみたんだった。
片付け作業の手を止めてしばらく読みふけった。


その頃も日記に書いていた。
http://d.hatena.ne.jp/okmrtyhk/20040317
記事のタイトルをそのまま持ってくると、以下となる。
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・「新五ヵ年計画計画 近く策定着手 主眼”生活の質向上” 住宅や福祉を柱に」
 (これがトップ)
・「政局、総選挙含み カギは物価・地方選」
・「第2次ベビーブーム峠越し 六年ぶり出生減る」
・「公約を実行の年 総裁選、党則改正後に 首相語る」
・コラムとしては「75年の自画像 日本の進路 一党支配体制には限界」
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これらの記事に対し、2004年、29歳の僕は
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つまらん。
なんかさあ、もっと、ほら、なんつうか。
要するに何も事件・問題が起きてないという非常に平和な状況が物足りない。
元日だから仕方が無いのか。
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と書いていた。


若いなあ。若い。若すぎる。
今の僕なら全然違うところに関心を持つ。


例えばこの新聞、朝日なんですけど、
下半分に大きく「昭和49年度朝日賞決まる」とあって、
文化賞5人のうちの1人目が「社会運動家 荒畑寒村」とあったのに
へぇーと思った。荒畑寒村。朝日だからなんだろうなあ。
3人目がフランス文学を研究した桑原武夫


足元の書籍広告は例えば、研究社より
「没後300周年記念出版<総合的シンポジウム> 『ミルトンとその時代』
 17世紀という、英国史上空前の革命の時代に生きた詩人ミルトンの時代
 と文学を、日本の代表的歴史学者社会学者・神学者・英文学者が解明
 する画期的なシンポジウムである」


1970年代のど真ん中。なんだかいい時代だったんだなあ。
素朴で真っ直ぐだけど、筋が一本通ってるというか。


もう一冊、昭和50年1月1日がどういう日だったのかをイメージする上で
感慨深かったのは、誠文堂新光社による「自然の記録シリーズ全10冊」の1つ、
『雪国のスズメ その生活と人とのかかわり』
「スズメはなぜ人間が住んでいる近くにねぐらをかまえるのだろうか。長
 野市から毎週末、文道という小さな部落に出かけて克明に記憶し続けた
 スズメの一生です。巣をつくり・卵をうみ・えさを求め、なわばりを守
 るスズメたちの生活が生き生きとえがかれています。」
「■全10冊の構成
  ・森の合唱団  ・北国に育つホタル ・昭和新山物語
  ・巣をつくる魚 ・チョウの履歴書  ・雪国のスズメ 
  ・どんがめの海 ・アルプスのトンボ ・南国のニッポンカワウソ
  ・トウキョウオオサンショウウオ


そうかあ。「どんがめの海」に「アルプスのトンボ」かあ。
これが昭和50年代、幕開けの1日目だった。
ここから昭和最後の日々、空白の80年代に向かって、
緩やかな斜陽が始まったわけだ。


ちなみに、読売・毎日・日経がそれぞれどんな紙面だったかが気になる。
どっかで入手できないかな。