天使たち

天界から舞い降りて来たのかどうかは分からないが
天使らしきものを目にしたことがある。
小さな赤ん坊のような姿で宙を漂っていた。
背中には白い羽が生えていて、優雅にばたつかせ、
フワフワした髪の毛の乗った頭の上には金色に光る輪っかが浮かんでいた。
右手には短い杖のような何かを握っていた。
東京駅の地下街のベンチ。夜。
30になったかならないかの、疲れた様子のOLがバッグを抱えたまま眠り込んでいて、
その周りをゆっくりと往復していた。
「何?」と最初の瞬間驚いた。
マジマジと見るのはやめて視界の片隅に捉えつつさっと通り過ぎるようにした。
行き交う人は他に気付いてないようだった。僕だけに見えるのか。


歩き去ったあとに考える。
天使がついているというのは、その人が幸福な人生を送っている証拠なのだろうか。
生まれてからずっと見守っている。
いや、たまたまあの時だけあの人の周りにいたのか。
当人には見えていないというのが、なんというか、もったいなかった。
僕だったらそこに何らかのメッセージを読み解こうとするだろう。
「他人の天使は他人のもの」そんなようなことわざみたいなものを僕は考えた。
「他人の天使は他人のもの」


30分か1時間後、用事を終えて、まっすぐ帰る気になれず。
ちょっと気になった。あの場所にまだいるのだろうか。引き返す。
行ってみると天使もOLもいなくなっていた。
ベンチは穴が開いたように、ポツンとそこに存在していた。
半ば恐る恐る近付いて、腰掛けてみる。
何の変哲もないベンチだった。しばらく座っていても何も起きなかった。
先ほどの天使が舞い降りてくるわけでもない。
そのうちに眠くなって、鞄を抱えてウトウトした。


…目が覚めて立ち上がり、地下鉄の改札へと向かう。
夢を見たわけでもなく、暗闇が広がったわけでもなく。
一瞬の出来事のように感じられた。


そして、その後天使たちを見かけることはなかった。