ベルリン その5(2/5:ナショナル・ギャラリー)







駅を出てすぐのシュプレー川沿いのナショナル・ギャラリー。
1300m に渡って壁が保存され、そこに東西ドイツが統一を果たした1990年、
世界中のアーティストが世界平和をテーマとしたペインティングを行なった。
(代表的なところではキース・ヘリング
いたずら書きや痛みが激しいということで、2009年に絵の修復がなされた。


はやる気持ちを抑えてゆっくりと歩く。
赤信号を待つ。車が目の前を通り過ぎる。
横断歩道を渡る。


これか…


カラフルな「アート」が延々と連なる。
1人の受け持つ長さは5mから10mぐらいまで幅がある。
実にいろんなものが書かれている。
鳩。アメリカの国旗。ピースマーク。搾取される労働者。アインシュタイン
様々なジャンク。手をつなぐ人々。日本。ユダヤの六忙星。瑞々しい植物。
直接的に平和を求めるメッセージ。モンスター。
壁に垂らされたペンキがそのままというのもある。
壁の存在した年を1つ1つ、1961 1962 … 1988 1989と並べる。などなど。
その上に若者や各国からの旅行者による落書き。日本人の名前もあった。
落書きの方が気の効いてるものもなくはなかった。
しかし、そのほとんどが単なる観光地の落書きだった。
そういうこともあって、がっかりした。
アート作品として面白いと思ったのは3つか4つぐらいしかなかった。
キース・ヘリングベルリンの壁だろうと何だろうとキース・ヘリングだし。


「日本地区への迂回路」というタイトルのもと
富士山と五重塔が描かれた絵には「日本鬼子!」と落書きされていた。


「SAY YES TO THE FREEDOM, PEACE, DIGNITY AND RESPECT FOR ALL.
 SAY NO TO TERROR AND RREPRESSION TOWARDS ALL LIVING BEINGS」
と書かれたメッセージよりは
「ALL THE FREAKY PEOPLE MAKE THE BEAUTY OF THE WORLD」
と書かれた殴り書きの落書きの方がぐっと来た。


ここで唯一見るべきは、有名な
旧ソ連のブレジネフ書記長と旧東ドイツのホーネッカー書記長が
深々とキスをしている絵かな。「The Fraternal Kiss」
骨の髄までソ連には隷属しますよということか。
ブラックユーモアと呼ぶにはあまりにもおぞましい。


結局のところその絵が東西ドイツや冷戦やベルリンの壁とどういう関係にあるのか、
どういう必然性があるのかよく分からない「アート」が多かった。
「俺の思う世界平和」というか。
総じて、僕個人としてはベルリンの壁に対する無神経な侮辱に感じられた。
そもそも、その壁に元々何かが描かれたいのならばそれは消すべきではなかった。
地図から察するにギャラリーとなっていたのは東側で、だったらグラフィティはなかったのか。
とはいえ裏に回って西側を見てみると壁一面が白のペンキで塗りつぶされているわけで。
そこにさらに旅行者や若者が落書きを書いている。
歴史を消してしまうのはとても簡単なことだ。
やるせない気持ちになった。


一箇所、壁のペインティングの中に骨組みだけの扉があって、
その向こうに川と向こう岸が見えたのがペインティングそのものよりもよかった。
そう、大事なのは壁の向こうに何があるのか、ということ。


壁の切れ目から川岸に出る。
曇り空を映し出して灰色の川面は何事もなかったかのように
ゆっくりと、ささやかに波打ちながら流れていく。


1つ先の駅、Warschauer Str.へ。
ここでSバーンを引き返し、Alexanderplatzを通り過ぎて
ベルリン中心部の駅、Friedrichstr.へ。
Uバーン(地下鉄)に乗り換えて
ベルリンの壁記録センター」のある Bernauer Str. へ