正義というもの

1人きり何も考えることがないとき、
昔の恥ずかしかったこと、謝りたくなったことばかりを思い出して
どうしようもない気持ちになる。
今更どうすることもできない。逃げ出すにも逃げる先がない。
その当人を捜し当てて形ばかり謝ったとしても何の解決にもならないだろう。
心の中のあちこちにそういうのが積み上がっていく。
不揃いな壁になって視界を遮る。
そこに、いつもの場所に立っている限り、
近付いて打ち砕くのはとても億劫な作業だ。
なんだかんだ理由をつけて、何もしないままになってしまう。


最近思い出すのは小学校のときのこと。
5年生か6年生か。転校生の××君と仲良くなった。
特に目立つことのない、普通のやつだった。
冬のある日、放課後だったと思う。
何かをきっかけに気が大きくなって肩を組んで歩いていた。
下駄箱のところまで来ると
僕はとあるいじめられっこの長靴を隠すことを提案した。


その次の日、教室にみんなが集まっているときに先生が
「誰が○○君の長靴にいたずらしたんだ」と聞いた。
僕はすっと手を挙げて「××君が隠しました」と答える。
先生は急に怒り出して、××君のところまで行って席に立たせて、
その顔を何回も引っ叩いた。
そして「人としてしてはいけない」ことについて、説教をした。
××君はずっと泣いていた。何も言わず、ずっと泣いていた。
僕はそれを無感動な気持ちで眺める。
何かに駆られるようにして手を挙げた瞬間、ゾクゾクしたことを覚えている。


もちろん、××君と僕はその後、互いを避けるようになった。
そこから先、記憶がない。中学でどうだったのか。
どの高校に行ったのかとか、青森を出たのかどうかとか。
ただ、××君の家が開いた小さな店が僕が高校の頃にはつぶれていたこと。
急ごしらえの安普請の建物が、そのまま夜逃げするように残されていた。
汚れたガラスの向こうにくすんだ色のカーテンがかかっていた。
そっと覗き込むと手書きの大安売りの紙が貼られていて、
床には大小様々な発泡スチロールの箱が散乱していた。


今更、謝る言葉はない。何をどう言っていいかわからない。
もし何かの巡り会わせで街で見かけることになったら、物陰に隠れると思う。
そしてその場をやり過ごすことを考える。何事もなかったかのようにしたい。
卑怯? そうなのだろう。
心の中にあるのはそういうものばかり。
僕はあの瞬間から、大人になり始めた。