『監督失格』

昨晩、平野勝之監督の最新作『監督失格』を見に行った。
http://k-shikkaku.com/
都内では今、六本木ヒルズのみ。
来週から映画を見てる場合じゃなくなる。
今週もまたあれこれ忙しいんだけど、その隙間をついて会社帰りに。
(飲み会のお誘い、断ってごめんなさい)


自転車三部作の『白 the white』以来、実に11年ぶりの作品。
80年代、8mm で撮った自主制作映画『狂った触覚』
あれほど才能というものがそのままフィルムに焼きついた映画を見たことがない。
純度100%。要約すると何がなんだか分からない話なのに
やり場のないむき出しの欲求、映画を撮りたいという純粋な欲求が迸り出る。
それが悔しいぐらいに痛快だった。


PFFぴあフィルムフェスティバル)」で3年連続入選を果たして
自主制作映画界では評価されるが、その後不遇の時代を迎える。
食っていくためにバイトのつもりで始めたAV撮影がいつのまにか本業となる。
そのデビュー作に出演したのが生涯のミューズとなった林由美香
当時AVアイドルとして絶大な人気を誇っていた。
平野勝之林由美香に恋をするが、身分の違いもあってか叶わず。
しかしその6年後、束の間相思相愛の仲となる。
平野勝之は結婚していたので、実際は不倫だった)


2人で北海道へと自転車で旅するという内容のドキュメントAVが
『由美香』というタイトルで劇場公開される。
その林由美香が2005年、35歳の若さでアルコールと睡眠薬の摂取で事故死。
20代後半からはピンク映画に出演、順調にキャリアを伸ばしていたところだった。
当時それなりに話題となったことを覚えている。
この死が平野勝之に暗い影を残すことになる。
その後全く作品が撮れなくなった。


どういう巡り会わせなのか、死後2日目の第一発見者が平野勝之だった。
その日は林由美香と久しぶりの撮影をするためにビデオカメラをもって訪れていた。
その瞬間、カメラが回っていた。
…出来過ぎなぐらいの話。


『由美香』の撮影中、2人が大喧嘩したという最も生々しい場面で
カメラを回さなかった平野勝之のことを林由美香は「監督失格」だと言う。
その後ことごとくそういう状況があった。
内奥に踏み込むような”ひどい”場面に対してカメラを向けられない。
人としてはそれでいいかもしれない。しかし…
それが今回は、死体そのものは撮らなかったとはいえ、
発見の一部始終が思いがけず撮影されてしまっていた。


この場面が核にあって、突き詰めるとただそれだけ。
そこに監督平野勝之の再生と林由美香に対する気持ちの整理が重なる。
こんなの映画じゃない、ドキュメンタリーじゃないと思う人も多いのではないか。
いろんな意味で。
でも僕みたいな人間はどうしても、抗えないんですよね。映像の存在感に。
たまたま置き去りにしたビデオカメラに部屋の外の廊下が固定でずっと映っている。
由美香ママは携帯で家族に泣き叫び、飼っていたプードルが無邪気にまとわりつく。
暗黙の掟でそれまで人として撮っちゃいけないとされたものを、編集していた。
本来演技と演出で再構成するのがマナーとされることを、平気で踏み躙っていた。
事実には勝てない。そのことを嫌というほど思い知らされる。
10数年前に初めて『狂った触覚』に出会って以来の
「やばいものを見た」というゾクゾクした感触があった。


場内は女性客ばかり。女性1人、あるいは2人連れ。
何を求めていたのだろうか?
AV女優という存在にどこかでそれとなく興味があるのか。
しかもそれが若くして死んだ悲劇のヒロインであるという。
それとも平野勝之林由美香のある種の純愛に触れてみたくなったのか。
見終わったあと、どんな気持ちになっただろう?


学生時代に映画を撮っていた時のことを思い出した。
いろんなことがあった。一握りの楽しかったこと。
その周りにあった無数のつらかったこと、つまらなかったこと。
あの頃の日々はもう二度と戻らない。
だからこそ映画を撮らなくなった人もいれば、
だからこそ映画を撮る人もいる。