図書館、平日の午後

訳あって午後休む。
日本橋まで歩いて、久しぶりに「ジジ&ババ」でランチ。
スパゲティーのグラタンを食べた。おいしかった。
ホワイトソースがしっとりしていて、コクがある。
僕は風に揺れる小麦畑を思い浮かべる。


荻窪に帰って来て、図書館へ。
訳あって東北地方に関する本を検索して、まとめて借りる。
有名なところでは高橋崇『蝦夷 古代東北人の歴史』や
今更ながら中沢新一『哲学の東北』など。
奥の細道」を辿る写真付きの観光ガイドも借りてみる。
井上ひさし吉里吉里人』はまたの機会にした。震災関係も。


利用カードの有効期限が今月末までだというので延長手続きを行なう。
貸し出しとは別の窓口で運転免許証を渡すと図書館の人がPCで何かを打ち込んで、
カードの有効期限が手書きされていたシールを貼り変える。
2年おきに更新する。
2年前の今頃、10数年ぶりに図書館という場所に足を踏み入れたことを思い出す。
編集学校の課題で。以後、学んだり教えたりと立場が変われど、腐れ縁が続いている。


平日の午後。区立図書館。
本棚の間や貸し出しカウンター、検索用のPCの前で人はまばら。
しかし、閲覧席は全て埋まっている。
中央の広い空間に並んだ長椅子も、本棚の脇に置かれた一人用の椅子も。
お年寄りばかりかと思いきやそんなことはなく。
ちらほらと10代、20代、30代の男女の姿を見かける。
皆が皆学生ではないだろうし、生業はなんなのだろう? ということが気になる。
仕事にあぶれて金はなく、日がな一日、…いや、余計なお世話だ。


貸し出しカウンターにて雑誌をまとめて借りる初老の男性は
定年後の居場所を図書館と定めたのだろう。
相談カウンターではボランティア活動に勤しんでいると思われるおばちゃんが、
熱意は溢れるてるんだけどちっとも噛み合わない話をカウンセラーとしている。
どういう本を探しているのか自分でもさっぱり分からないんだけど、
とにかく「役に立つ本」を見つけたいらしい。
誰にとって、どんなふうにというところが何もない。


地味な外見の人が多く、停滞した空気でどことなくどんよりとしている。
会話はなされないけれども、いつもモサモサした音が聞こえる。
僕はいつも事前にネットで予約してそれを受け取るだけ、そしてそれを返却するだけ。
長居はしない。ここで本を読みたいとは思わない。
いや、区立図書館のことを悪く言いたいのではなく。


ひとつ言いたいのは本とはどこでも読めるもの。
ゆえに自分にとって最適な「読む空間」ってなかなか見つからない。
自分の家かというとそんなことはなく、僕は全く読めない。
移動中の電車の中、飛行機の中が一番しっくり来る。
自分だけの部屋だといくらでも一人きりになれる。ぼさっとしてしまう。
電車の中だと集中しないと一人きりになれない。そっちのほうが読む気になれる。
図書館ってその中間みたいでどっちつかずなんですね。僕にとって。
周り皆目的をもって何かを読んでいるというのがどことなく、いや。なぜか。


そんなことを考えながら、借りたばかりの本を抱えて部屋に戻る。
課題として読まなければならない本がいくつかあって
夕方からずっとそれを読んでいる。
ロフトで寝そべりながら読んでると寝ちゃいそうだから、机に向かって。
部屋にソファーがほしい。ただそればかり考えて、なかなかページが進まない。