「トニー滝谷」

もう先々週ぐらいになるけど、市川準監督の「トニー滝谷」を観た。
「buy a suit」がいいと薦めてくれた人がいて、面白かったと別の人に話したら
トニー滝谷」もいいですよと。


いわずと知れた村上春樹の短編が原作。
75分と小品だけど、イッセー尾形が主演で印象的なピアノの音楽が坂本龍一
なかなか豪華な顔ぶれ。


独特な白と灰色と緑の風景。
屋内の場面も屋根もなく壁もない、ないしは感じさせない空間という開放感。
ストーリーの展開を説明する場面は左から右へとカメラが意図的に移動する。
そして黒い壁/暗転を挟んで次の空間へ。


ああ、こんな演出があったのか。
きっちりと構造にこだわって、決められた手順に従う。潔癖なぐらいに。
この時点でこの映画化は勝ちだと思った。
この描き方、語り方に村上春樹らしさを感じた。


大きく開いた窓であり、そこにあるはずの架空の壁であり、
その目に見えないラインを越えた向こう側、庭や町並みの見通しのよさ。
靴であり洋服であり、物に溢れる室内も理路整然としている。


この距離感なんだよなあ。
村上春樹って、近いものと奥にあるものとを
常に同一の視線上に捉えているというか。
どちらかだけということがない。
マクロに俯瞰するレンズとミクロに詳細を捉えるレンズとが
すぐ入れ替わって縮尺を変えるような。
だけどそれがめまぐるしく切り替わることはなくて、
この場面でのズームはこうだと決めたら揺ぎ無い。
しかしその前後左右は予感させる。
隠れているものを暗示させる。


この「トニー滝谷」の切り取った風景はとても美しい。
その外側に広がっている風景も美しいままなのだろう。
だけどそのどこかに巨大な闇が口を開けて待っていて、
今にもその危うい均衡が崩れそうになっている。
そこのところをさらっと描けた。
今にして思えば「ノルウェイの森」の映画化に足りなかったのはそこなのだろう。