エチュード:No.2

「何時?」
「14時過ぎです」
「いや、新幹線の時間」
「17時前、…だったように思いますが、あー、えーと、見てみると16:57です」
「あと、2時間か3時間? …ああー暇だよ、暇。社員旅行ってこういうものなのか?
 あとは自由行動って言われてもさ、ここに何があるかわかんないし」
「女の子たちがその方がいいって言ってたから今年、そうしたみたいですけど」
「団体行動が苦手だとか、おじさんたちが嫌だとか、そういうやつ? 
 だったら来るなよなー」
ミスドって全国、コーヒーのおかわり注ぎに来るんですね。…あ、どうも。僕も」
「じゃあ俺も。あ、カフェオレで。…そこの角にさ、女子高生たちがいるじゃん」
「…ええ」
「今は方言丸出しで喋ってるけどさ、あと何年かしたら東京に来るわけだ」
「ええ。…で?」
「いや、だからってなんでもない。ここで偶然一緒の店にいたということも知らずに
 隣の部屋に引っ越してくることもあるかもしれない。
 そしてそのことをお互い永遠に知ることはない。
 なんかさ、そういうことの積み重ねだと思うわけだよね」
「そしてなんかのきっかけに仲良くなるんですか?」
「いや、ならない。たぶん。マンションの隣の人というだけ。
 でも俺がベランダ出たときに向こうもベランダに立ってて、
 同じ夕日を眺める、そんなこともあるかもしれない」
「…」
「近くに観光地的なものはないの、なんか? そのなんたらマップに書いてない?」
武家屋敷跡ってのがあるみたいですけど」
「それはちょっとな。興味ある?」
「あ! ここにいたんですか? びっくり」
「おお。ひとり?」
「うん、ここ座っていいですか? 空いてます? 
 オーダーの間、カバン見ててもらっていいですか?」
「了解。…あの子、いつもひとりですね。友達いないのかな」
「そんなことないみたいだけど。でもまあ昼もひとりだったりしてるみたいね。
 クリエイティヴの子って、まあ、いわゆるOLとは違うし」
「いつも同じメンツで、日替わりで決まった店をローテーションしてるのが
 つまらないってことですかね。なんとなくわかる。いつも同じ話題。
 ドラマと週末のヨガと買いたい服と…」
「噂話。俺とかオマエとかも話題に上がるのかね」
「どうなんですかね。一切出てこないというのも無視されているみたいで。
 かと言って変なこと言われたくないし」
「どうもです。先輩たち何してるんですか?」
「どーもこーも見りゃわかるだろ」
「…あつっ」
「猫舌?」
「ちょっと。…ね、さっきデパートの前を通りかかったら、
 屋上にバッティングセンターがあったんですよ」
「へー。珍しいね。さすが地方」
「行ってみませんか? このあと」
「でも、東京と何も変わらんだろ。ピッチングマシンなんてどこも一緒だから
 実に味わい深いカーブを投げてくるわけでもないし」
「暇してるんでしょ?」
「バッティングセンターなんて普段行くの?」
「行ったことないんです。だから。ここでなら。
 旅先だからこそできることってあるでしょ?」
「それはそうっすね」
「さっそく行きません?」
「…そうね。じゃあ行くとするか」
「ふふっ、決まりで。行きましょー」
「俺、中学のときこう見えても野球部でさ。キャッチャー」
「えーっイガイ!」
丸刈り坊主で。朝練とかしてた」
「そんなの初めて聞きましたよ」
「俺も忘れてた。よし、じゃあ行くか」
「はい、キャプテン!」