「春だニャー。桜が咲いてるニャー。きれいだニャー」
「おまえさ、猫同士の会話だからいちいちニャーつけなくていいよ」
「あ、そう。…それにしてもごはんはまだかなぁ」
「仮にも野良猫だからな。
家系じゃないんだから人間がくれるのをあてにしてちゃいかんだろ」
「そう言いつつもお互い軒先でかれこれ1時間以上?」
「もう昼過ぎ。おかしい。いるはずなのにな。テレビの音が中から聞こえてくる」
「この前もらった魚肉ソーセージを細かく刻んで鰹節をふりかけたの、おいしかった」
「だよな。うちらもう飽きられたのか?」
「精一杯なついて、かわいがられたのに。抱き上げて頭をなでてくれたのに。
あの日のことを思い出すと思わずうっとりする。あーあ」
「あら、来てたの?」
「ニャー!」
「ニャーニャー!!」
「待ってて。食べるもの持ってくるから」
「ニャーニャー!」
「ニャー!!」
「ふー」
「なんだよ、おまえニャーって」
「自分でも言ってたじゃないですか」
「忘れられてなくてよかった」
「俺、目が合った。ニコッと笑ってくれた」
「いいなあ。…僕、もうずっとここにいることにします」
「おいおい。半野良か? それはそれでつまらないぞ。俺も若い頃はそうだった。
憧れて、宿主を見つけて、しばらくは世話になった」
「…で?」
「ある日突然その軒先を出た。理由なんてない。猫だからな。
嵐の次の日の、よく晴れた、青空の広がった朝だった」
「そして今に至る」
「そう、今に至る。…あばよ、俺は行くことにした。そうだ。今、決めた」
「どこへ?」
「知らねえな。足の向くまま、気の向くまま。いつかまた会おう」
「…」
「あら、一匹いなくなったのね」
「ニャー」
「ごはんあげる」
「ニャー」
「おいで」
「ニャー」