こんな話を書こうとしている

とある海辺の町、地方都市。
「僕」は幼かった頃、仲のよかった隣の2つの家・家族と行き来して育った。
右隣の家には「兄」がいて、左隣の家には「妹」がいた。
それぞれ、本来一人っ子だった。
一緒に学校へ行った。日が暮れるまで三人で遊んだ。
夜も互いの家に遊びに行ってご飯を食べたり、テレビを見たりした。
親同士も仲がよくて、皆で車に乗って
郊外のショッピングセンターへと買い物に出かけたり、
映画を見に行ったり、夏は海へ、冬になるとスキー場へと繰り出した。


しかし、そんな牧歌的な日々は長くは続かない。
それぞれが高学年に上る頃、
クラスの友だちの方が大事になったりして少しずつ疎遠となっていく。
些細なことから僕は「兄」と喧嘩をしてそれっきり。
親同士の間でもトラブルがあったり。
ちょうどその頃10歳の僕は父の死をきっかけに
母と共に遠くの町へと移り住む。
家は叔母夫婦が替わりに住むことになる。


それから27年。
東京で働く今37歳の僕は二度とその町に戻ることはなかった。
それがあるとき、叔母から父の遺品がいくつか見つかったので
処分するなり持ち帰るなりして欲しいと連絡を受ける。
懐かしい気持ちもあってゴールデンウィークに休みを取り、
一週間ほど訪れてみることにする。


町は表面上大きく変わってそれなりに発展していたが、
小さいときに三人で丘の上から見た湾のある地形であるとか、
通った小学校はそのままだった。


叔母から隣の家のことを聞く。
左隣の家の娘はそのまま町で育って結婚して
電車で一時間ほどの少し離れた場所で暮らしていたが、
離婚してまた戻ってきたところだった。
次の日の朝、さっそく顔を合わせる。
「妹」はそこそこきれいになっていた。しかし別人だった。
大人になって、陰りもできていた。垢抜けてはいなかった。
(僕は昔、お医者さんごっこをしたことを思い出す)
昼に2人で、「妹」の運転でロードサイドのファミレスに入って食べる。
互いのこれまでのことを話す。
何かが始まるような、全てが既に終わっていて結びつかないような。
その価値観は大きく異なっていて、交差しようがない。
しかし、毎日のように会い続ける。


右隣の「兄」の家は僕が母とその町を出て行ってから
ほどなくして同様にどこかへ移り住んだという。
どこなのかは分からない。夜逃げだったようだ。
長い間空き家になっていた。
それがここ数年、荒れ果てた屋敷の中に動く影の見えることがあり、
変わり果てた「兄」の姿らしきものが見えるという。
しかし、はっきりしたことは分からない。
どうやって暮らしているのか、何をしているのか。
町では誰も直接会話したものはいない。


ゴールデンウィークも終わりに近づき、
僕と「妹」は真相を知りたくて空き家に侵入する。
あちこちに壊れたものが散らばって、足の踏み場もない。異臭も漂う。
キッチン。両親の寝室。そして二階の「兄」の部屋。
色褪せた懐かしい写真たち。小さい頃に貸してもらって読んだ本。
どの部屋に入っても、誰もいない。
しかし、誰かがここで生活をしているのは感じる。
寝起きしている人間の匂いがある。
僕は「兄」の名前を呼ぶ。応えるものはない。
遂に会うことのないままに終わる。


僕が東京に戻る日が来る。
「妹」はこれまで通り、町に住むという。
もしいつか「兄」に会うことがあったら、連絡をすると。
それだけを約束して、駅の中で別れた。