テープ

知人の紹介で、ある年配の方の若い頃の体験談を聞き書きすることになった。
隔週の土曜、電車を乗り継いで片道2時間かけてその人の家を訪れる。
小型のテープレコーダーに録音する。
60分テープを2本。毎回2時間と決めている。
朝は7時に起きて8時に電車に乗って、10時に始めて12時に終わる。
昼、手作りのちらし寿司などをご馳走になって帰ってくる。


恋人の住むアパートがその途中、ちょうど真ん中の
1時間ぐらいのところにあるので帰りはいつも寄っていくことになる。
彼女は聞き書きの仕事のことを知っているので必ず、「今日の聞かせて」と言う。
僕はテープレコーダーを巻き戻して最初から最後まで再生する。
A面、B面、テープを変える。
その途中でノートに取る。話を直接聞いているときは一切メモを取らない。
黙って話を聞いて、時々質問をする。
彼女はベッドに寝そべって、枕を抱えながら、天井を眺めながら、
会ったことのないおばあさんの話を聞く。
少女時代から始まって、女学校で最後に過ごした夏休みのところまで来た。


「ソノコロハイマノワカイヒトタチトチガッテ、リョコウニデルナンテ
 カゾクミンナデイッショデナイトナカッタコトダカラ、
 コノコトハハナシタカシラ、チイサイトキ二キシャニノッテ…」


話している間にどんどん脇道に逸れていく。
ぼくはそれを正そうとせず、好きなように語らせる。
(もちろんその分、まとめるのは大変なのだが…)


聞き終えて、一息つく。彼女が淹れたコーヒーを
テーブルに向かい合って座って飲んでいると夕方になっている。
近くのスーパーに買い物に出かけ、彼女がつくった夕食を食べて、
結局いつも泊まっていくことになる。
夜になって僕は彼女の服を脱がせる。
僕はなぜか決まって、テープのことを考える。


「カゼニトバサレテワタシガナクシタトオモッテイタシロイムギワラボウシハ
 シャショウサンガヒロッテクレテイテブジデシタ。
 ナイテイタワタシノトコロニモッテキテクレテ、ドウヤッテミツケタノデショウ」


彼女に話したりはしない。
僕の中の半分は彼女のことを考えている。


朝になってパンを焼いて、食べ終えると彼女の部屋を出る。
1時間かけて帰ってくる。駅前の喫茶店でぼんやりと過ごす。
日曜の午後、机に向かって鉛筆を削る。原稿用紙に書いていく。
テープは聞かない。メモも見ない。
その日の分を終えてコーヒーを飲むとき、彼女のことを思い出す。
電話をかけて「書いたよ」と伝える。


「ソノナツハジメテワタシハカゾクイガイノヒトトリョコウニデカケタノデシタ。
 モチロンオトコノカタトデハナクテジョガッコウノユウジントデシタ。
 ソンナジダイデハアリマセンデシタ。ワタシタチハセンセイヲタズネタノデス」


僕はその抜粋をいくつか朗読する。
その間、彼女は口を挟まない。
受話器の向こうに、ただその息遣いだけが聞こえる。