2012.12.21 って、まあその、
例のマヤの予言によれば人類が滅亡する日の始まりってことになっていて。
マヤ文明の暦が終わって新しい時代が訪れるっていうのが発端なんだけど。
日本ではそういうの全く盛り上がらないですね。
1999年7月の「ノストラダムスの大予言」も淡々と過ぎ去った。
「アンゴルモアの大王」だとどうやって終わるのかが曖昧だったのか。
僕の記憶する限りでは「2000年問題」の方がよっぽど騒がれ、
システムの誤作動・暴走に始まる終局の風景の方が具体的な信憑性をもっていた。
この予言、欧米ではそれなりに信じてる人がいるのだとか。
アメリカではそろそろ信者たちの奇矯な振る舞いも報道されるか。
ベオグラードの聖なる山のホテルが予約でいっぱいだ、
というニュースを先ほど読んだ。
行き着くところまで行くと
熱狂的な終末論者の間で集団自殺が起きてもおかしくはない…
そんな12月21日(金)、日本は忘年会シーズンのピークか。
年末に向けて師走の仕事も忙しい。
そもそもどうなんすかね。マヤの暦が終わるといっても
2012年版のカレンダーが終わって、
2013年版のカレンダーが始まるようなもんでしょう。
僕は小さい頃ノストラダムスの予言を本気で信じてて
本気で怖がっていた未来を絶望視していた少年なので
反転して今は全く信用してない。
エドガー・ケイシーやディクソン夫人の存在は気になるけど。
あと、これまでにも何度か言及したヨハネの黙示録。
調べてみると、どっちも観てないけど
『ザ・ウォーカー』や『フィッシュストーリー』が
この予言をモチーフにしてるみたいね。
マヤ文明については検索すると真っ先に出てくるこちらを参照。
「2012年12月21日、人類滅亡!?マヤ文明の予言は当たるか」
http://matome.naver.jp/odai/2133253091276802801
面白かったのはこちら。なぜ、名古屋?
「マヤの予言2012年人類滅亡説「12・21名古屋へ逃げろ」は本当か!? vol.1」
http://taishu.jp/politics_detail304.php
古来から予言というものが表現が曖昧でどうとも受け取れるのは
未来を幻視したときにそれを言い表す言葉を知らないからだ、という考え方がある。
僕個人はここのところに何よりも興味を持つ。
ヨハネの黙示録の美しさ、多義性を孕んだイメージはそこから生まれるわけだし。