オートバイというもの

『禅とオートバイ修理技術』という本を今、読んでいる。
70年代カウンターカルチャーのバイブルのような本。
主人公は友人たちとまだ幼い息子と共にバイクに乗ってアメリカ中西部を旅をする。
その合間合間に謎めいた哲学的思索を深めていく。
(それはかつての抹殺された人格によるものであって、記憶を取り戻していく)


彼らはハイウェイを避けてひと気のない郡道をひた走る。
果てしなく広がる田舎の一本道。
同じ光景が続いて一見退屈そうだけど、
思うところあって何かをじっくり考えてみたいのならば
それはきっと素晴らしい旅になるだろう。
僕もまたバイクに乗ってみたいと思った。
単なる移動手段ではなく、旅のお供でもなく。
それ以上のものになりえるということを初めて、知った。


これまでバイクというものにはほとんど興味を持ったことがない。
イージー・ライダー』であるとか70年代のアメリカ映画を見たとき、
国井律子氏のエッセイ『アタシはバイクで旅に出る』のシリーズを読んだとき、
少し心を動かされる。しかし、乗りたいとまでは思わなかった。
自分にはペダルを自分で漕ぐ自転車の方が合っている。


そもそも周りにバイク乗りっていないんですね。
親戚、友人、同僚を見渡してみてほんの数えるほどしかいない。
自然と自分の身の回りの世界にオートバイというものが入ってこない。
小さい頃に従兄弟が乗ってて、土日にガレージでいじってて、
後ろに乗せてくれたという体験があったりすると違うんだろうけど。


しかも青森で育つとなかなかお目にかからなかったような。
冬に雪で閉ざされると誰も乗らないですよね。
街中をスーパーカブで頑張ってトロトロ走ってる
おっちゃんを見かけることはあっても、
スリップしやすい山道を走る向こう見ずな人は若者であっても皆無。
その分逆に、夏、南から来たバイク乗りたちの方が印象に残ったような。
竜飛岬のワインディングロードを風のように駆け抜けていたり、
埠頭で北海道へと渡るフェリーを待っていたり。
彼ら、彼女たちは別世界の人たちだった。


そんなわけで僕はバイクどころか原付すら乗ったことがない。
乗ったら人生変わるのかね。
40代が近づいて興味をもって始めたことって一生続きそうな気がする。
どこかで何かきっかけがあれば、僕も乗るかもしれない。
憧れのようなものが芽生えた。