『物語論の位相』メモ

朝晩、行き帰りにジェラルド・プリンス『物語論の位相』を読んでいる。
難しい内容も多く、帰りは途中のどこかで居眠りしている。全然進まない。


以下、メモ。


登場人物、語り手、作者、読者。
それぞれの距離感。それぞれの関係性。それぞれに流れる時間。
そしてこのそれぞれに、誰が、いつ、どこで、なにを、がある。
何よりも「なぜ」がある。


作者に対して読者が対になるのなら、
語り手に対して対になるのは聞き手となる。
語り手が作者かもしれないし、登場人物かもしれないのと同様に
聞き手は読者かもしれないし、登場人物かもしれない。
語り手の複数(入れ子状になったり、階層をなしたり)
がありえるのと同様に、聞き手の複数がありえる。
一対多の関係。
そこで語られることはひとつが繰り返されるのかもしれないし、
いくつかの異なること、異なるストーリーかもしれない。


両者の関係性も、語り手が語るうちに変化したり、
聞き手が聞くうちに変化するということがありえる。
両者の間も近づいたり、遠ざかったりする。心理的に、肉体的に。
語り手と聞き手が互いに知らなかったり、
一方的に知っているということがありえる。
重要な役割を果たす語り手・聞き手と
そうではない語り手・聞き手とがある。
単に語る−聞くだけではなく、
はぐらかしたり問いかけたりすることもあるだろう。
語り手は真実を語るとは限らないし、
聞き手もその話を理解するとは限らない。
テクスト内にて明確に描写・記述されないけれども
語り手と聞き手とが共通に持っている知識について言及されることがある。
歴史的な出来事であるとか。


語り手と語ることとの間にも距離感とその変化がある。
時間的な距離感。
1940年の出来事を1950年に語り始め、1955年に語り終える。
1940年から1947年までの事象を1950年に語り始め、1951年に語り終える。
80歳の語り手が幼児期や青年期について語る。それぞれの距離感。
語り手が「そこに20年の月日が流れた」と語ったとしても
読者がそれを読むのは一瞬である。
過去形で語られたとしても、読者がそれを読み体験するのは今、である。


アラビアン・ナイト』のシェラザードのように
語ることに「延命」という目的のあることがある。
語られた長さが、持続する命の長さとなる。


語り手と聞き手の間に叙述がある。


物語とは、その間に関係性(因果など)のある、
二つ以上の出来事に関する語り、叙述である。
顕在的・潜在的な語り手と聞き手とを持つ。