中里恒子『時雨の記』

最近出会ったとある方が座右の書にしているというので
図書館に行くついでに借りてきた。
中里恒子『時雨の記』


恥ずかしながら知らなかった。
1909年生まれ、1987年没。
1939年、「乗合馬車」で女性初の芥川賞を取る。
『時雨の記』は1977年。
めったに自分のことを話さない著者にしては
珍しく私小説であるという。


50代に入った初老の会社社長が
もう何十年も前に見かけただけの良家の女性と再会し、
いてもたってもいられなくなる。夢中になってその生活へと入っていく。
女は今40で夫に先立たれ、大磯の田舎でひっそりと暮らしている。
男には家庭がある。見合いによるもの。特に愛はなく、
芸者遊びも空しいだけ、これが初めての恋と言える。
女はいつしか男を受け入れるようになる。しかし、妻に成り代わる気はない。
男は家庭を捨てると言う。その一方で女はただ、今この瞬間だけを求める。
時雨のような。淡い日々が続く。
男は3ヶ月の間、西欧へと出張に出かけることになった。
その間手紙のやり取りが続く。
女は男の求めに応じて最後の訪問先ホノルルへと赴く。
そこで男は倒れ…


「昔は寒かつたらうな、このあたり、」
「さうね、わたしたちの草庵が、萬一、生きてゐるうちにまに合ふのなら、
 やつぱり、陽のよく當る、ぽかぽかした場所がいいわ、」


それが自然なことであるかのように旧かな・旧字体で記され、
最初読んでいて時代が分からなかった。戦前ではないか? とすら思った。
しかし大阪に向かう場面では新幹線に乗っていくし、
海外旅行も大事ではないし、
同時代の1970年代であるらしかった。
こんな日本が残っていたのか。
それは中里恒子の頭の中だけに残っていたのか。
僕の生まれた頃だ。


一言で言えば不倫。しかし日本人らしい節度や奥ゆかしさがあった。
気持ちを花や歌に託す風情があった。
ここに描かれたような日本の面影、幽玄な恥じらいはどこに消えたのか。
しかもそれをしめやかな時雨のように書く。
これこそが日本の小説であったのに
いつのまに失われてしまったのだろう。
この国は、この国の文学は
何か大切なものをなくしてしまったように感じられた。


あまりの面白さに土日、一気に読んだ。
今の僕にとっては『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
よりも読むべき小説であった。


『時雨の記』は渡哲也と吉永小百合主演で映画化もされているようだ。