月舟町の言い伝え

ひいおじいさんのひいおじいさんのひいおじいさんの
さらにそれよりも前のこと。
満月の夜、浜辺に小さな舟が打ち寄せられていた。
真新しい木でつくられていて、月の光を浴びて真っ白に輝いていた。
どこからか聞こえてくる笛の音に引き寄せられた子どもたちが
夢うつつのまま起き上がり、浜へと駆け出す。
慌てた親たちがその腕を掴もうとするとするりとすり抜ける。
ひとり、ふたり、さんにん…
子どもたちが乗り込むと舟はひとりでに波の中へと入っていった。
大人たちが追いついたときには既に沖合いに出て、小さくなっていた。


数十年後。
神隠しに会った子どもたちのことも村では忘れさられて久しい。
ある満月の夜、一艘の舟が浜辺に流れ着いた。
そこには年老いた男たち、女たちが乗っていた。
冬だというのに着物一枚、怯えて震えていた。
言葉は話せなかった。話しても見知らぬ言葉だった。
長老が呼ばれていく。
あのとき海を渡っていった子供たちだとすぐにも気づいた。
面影がある。しかし、その親たちは一人残らず亡くなっていた。
一緒に遊んだ子どもたちもまた。
男たちと女たちは遠縁の者たちに引き取られていった。
しかし数日後、皆、揃って忽然と消えた。
真新しいままの真っ白な舟が浜辺に残された。
引き上げられ、川上のお堂の側に置かれたが
それもいつか消えてしまった。


村の者たちはそれから毎年、小さな舟に雛を乗せて海へと流した。
それがやがてお堂の側の川から流すと変わっていった。
灯篭流しのように、夏祭りの日に行なう。
広場では唄が歌われる。古くから伝わる歌。
その音の意味を知っている者はもはやいない。
しかし受け継がれ、歌い続けている。