真夜中のクレーン

あるとき、会社からの帰り道、住宅街の暗い中を歩いていたら
左手にクレーンが2基、家々の向こうににゅっと突き出ているのに気づいた。
それぞれ少し離れたところで静止している。
オレンジと白の鉄骨。先端部分が赤くじんわりとした光を放っている。
いつからここにあるのだろう?
もうずっと前からここにあるような、そんな気がした。
以来毎晩見上げている。固定されているのか、位置が変わることはない。
吊り下げられたフックすら毎晩同じ角度のように思う。
これが鈍い光を灯していなかったら、死滅した生き物のようなのだが。
むしろ宇宙の果てに流れ着いた2体のロボットが
かつての主人だった人間を待っているのか。


平日の昼間は仕事だから、動いているのを見たことがない。
土日の昼間は実は動いているのだろうか?
いや、そんな物音も聞いたことがない。
平日の朝は空の間に溶けてしまっている。
駅に向かう道を右手に、クレーンに気づいて見上げたことがない。
あっても覚えていない。


昨日の夜、早く帰って来ることができた。
いつもの場所に差し掛かって、見上げた。
今晩も赤い光が少し離れたところに浮んでいる。
特に理由もなく、ふと思い立って近くまで行って見てみることにした。
それで初めて気づく。
2基のクレーンが具体的にどこに位置するのかがよく分からない。
工事現場の柵が目の前にあってその向こう、というのではなく
あくまで家々を挟んでいる。
いくつか路地に入ってみるとどれもその家に住む人たちのものであって、
すぐ行き止まりとなる。
それを何度か繰り返して、仕方なくしばらく歩いてぐるっと回り込んでみる。
しかし、そこに通じる道がどうにも見つからない。
反対側に回った、と思ってもやはり家々を間に挟む。
どこに入り口があるんだ?
歩き続けるうちに杉並区の、碁盤の目ではない曲がりくねった道に迷い込み、
北が西になり、思いもかけないところに出る。


最後にもう一度だけ振り向いてクレーンを眺めた。
当然のようにそこにあった。
もう一度振り向いたら消えてなくなってそうだから、
僕はそのまま歩いて一人住む部屋へと急いだ。