fragments

太い音の後で船が岸を離れた。
一番安い船室は足の踏み場もなかった。
僕は通路の隅に空いているところを見つけると膝を抱えて座り込み、
ザックから毛布を取り出して包まって全身を覆った。
寒かった。震えた。顔をわずかに上げると雪が降っていた。
エンジンの熱がほのかに伝わってきた。
彼らの声が聞こえた。
その中に彼の声が聞こえた。歌うような、怒鳴るような。僕は耳をそばだてた。
言葉になっていない。
だけどそれは彼らを導くには十分だったようだ。
足を踏み鳴らし、口笛を吹き、拳を踏み鳴らす。
僕はまた頭を毛布の中に突っ込んだ。
両腕で足を抱えて、ギュッと胸を引き寄せた。
毛布の中の熱をそれ以上熱を逃さないように。


どれぐらいの時間が経っただろう。
毛布を引っ張る力で目が覚めた。
頭を起こすとあのおばさんが目の前に立っていて、おにぎりを二つ僕に渡してくれた。
僕はいつもありがとうと言う。
おばさんは口がきけない。右側が引きつった顔でぎこちなく笑う。
次の誰かに手渡すためにまたフラフラとどこかに去っていった。
発泡スチロールの底におにぎりが二つ、茶色くなった大根の漬けものが二切れ。
ピンと張ったサランラップのようなものに包まれている。
僕はそれを剥ぎ取る。
ひとつを頬張る。中身はおかかだった。
見ると目の前にまだ小さな子ども、姉と弟が
手を引きながら立ってこちらを物欲しそうに見ている。
僕はもう一つを半分に分けて二人の手に一つずつ渡した。
二人はそれをその場で食べるでもなく大事そうに両手の中に隠して消えていった。
どこかに二人の両親がいるのか。父か母か、病気になって歩くのがやっとの。
これから先、ついてこれるのか。
海を渡ったら、もはや引き返せない。


眠りから覚める。夢は見なかった。たぶん、短い眠り。
目の前は陸地が見えなくなっていた。真っ黒な波。
外周に沿ってわずかに白い灯りが照らす範囲に真横に降る大粒の雪が。
船が揺れている。揺れている。
周りの人たちの多くが眠っている。
ゲホッ。ゲホッ。ゲホゲホ。
一度咳をし始めると止まらなくなった。
毛布の中にうずくまる。
もしそこに到達したら何を望む。どんな願いをかける?
いつだったか誰かがこの僕にも聞いた。
ゲホ、ゲホ。
何も期待しないから、何も望まないから、
世界の果てなんてものが見たいんじゃないか。
あなただって、そうじゃないのか?


気がつくと船は海の真ん中で停止している。
いや、何も変わらず進み続けている。
波の音が聞こえる。
海辺とは違う、深く重なり合った波の音が。