Q体

赤に青に緑、白、黄色。今朝はやけに多いな。
今までで最大級のが東京湾上空に浮かんでるとニュースでやってた。
ぶつかったらどれぐらいの爆発になるんだろ。
誘導するのにヘリが何十台も出動したり、すごいことになっていた。
あ、あー、赤と青が近づいてる。
赤はバスよりも大きいけど、青は小熊ぐらいだろうか。


…ぶつかる。
私は屋上の柵から手を離し、とっさにコンクリートの床に伏せた。
この世界が一瞬だけ真っ白くなって赤が視界を覆う。
その中に青が水玉のように混ざっている。
不思議なことに音はしない。むしろ静けさに包まれる。
この世の音という音を皆吸い込んでしまうかのように。
そんなとき決まって耳がキーンとする。私は遅れて耳を押さえる。


たぶん客観的に時間を計ると数秒も経っていないのだろう。
耳が慣れてきて立ち上がる。サッとスカートの埃を払う。
柵に戻ろうとすると反対端に男の子がひとり先にもたれているのに気づいた。
さっきからいたのだろうか? そんなはずはない。
それより、衝突の瞬間もそのあともあんなふうにじっと見つめていたのだろうか。
とても小柄で、小学生と言っても通じるみたいだ。
同じ学年の子だということは分かっている。
私みたいに時々授業をサボってこの屋上で見かける。
口もきかないのだとか。本当だろうか。


「ねえ、ライター持ってない?」
私は鞄の中から煙草を探すふりをする。
「吸わないか」
彼は私が近づいても振り向きもせず、そのまま空の向こうを眺めていた。
その先に緑と白と黄色のQ体が浮かんでいる。
彼が右手の指を伸ばして緑を捉えると、左にツーと動かした。
それに合わせて緑のがスーッと動いた。
白のすぐ側に寄った。
彼は左手を伸ばす。


「ちょっと! ちょっと待って!」
私はその手を押さえた。
その時初めて、彼が私のことを見た。
不思議そうな顔つきをしている。なんで? と言いたげだ。
「もしかしてさっきの衝突も君が?」
彼は頷いたりはしなかった。何も言わずにプイと前を向いた。
私は彼の左手を押さえたままだった。
「なんでそんなことができるの?」
彼は何も言わなかった。黙って背を向けて屋上から去っていった。
ドアを開けたまま。


私はひとり取り残されて彼が動かした緑のQ体を眺めた。
まんまるの風船に短い尻尾がついている。
世界中の空に漂っている。
宇宙から来たとか。監視されてるとか。
私はなんとなくそんなふうには思わないけど。


それにしても彼は誰なんだろう?
他の人は彼の秘密を知っているのだろうか?
鐘が鳴る。授業が終わった。
次のは出るか。私もまたドアをくぐって階段を下りていった。


(続く)