神田天丼いもや

僕は母子家庭なので学生時代は奨学金を借りていた。
時々思いがけなく、援助してくれる町の普通の人から手紙をもらうことがあった。
僕宛ではなくて、奨学生宛。
どこに届くかわからないけど里子に当てて出すというような。
それが僕に届いた。「神田天丼いもや」とあった。


当時よくわからなかった。もう20年も前のことだ。
礼状を書いたらまた届いて、ぜひ食べにいらっしゃいとあった。
そのハガキを見せれば、ただで一杯食べられたんだろうけど
当時中央線の西、国分寺から先の一橋学園に住んでいて
神保町まで往復1000円はかかる。
それに「いもや」という名前が野暮ったくて
町の小さな天丼屋が老夫婦でやってるのを想像して、
おごってもらうのは忍びなかった。
ものすごく遠かった。


神保町に天丼、天ぷら、とんかつが2店舗ぐらいずつ今もあって、
どれも質素かつ誠実にやっている。
誰かはわからず。あの頃から代替わりもしてるだろう。


僕は今天丼以上の何かを、その当時受けた恩を、感じながら生きていると思う。
僕にとって「いもや」は特別な店なのだ。


それでいて、天ぷらがうまい。海老のプリプリさったらない。
大人になった今、それなりにあちこちで食べ歩いた。
神保町で何年も働いて、こんなおいしい天丼は他にないと思う。
これまで何度も何度も言ってきたが、市井の天ぷら屋の最高峰。
こんな幸福なことはない。
お世話になった天ぷら屋がうまかった。
当時食べに行ってたら、また違う出会いがあったかもしれないとは思う。
でも、これでいいのだ。