父の遺品

先日帰省した際に父の遺品を整理した。
その中に父が残したカセットテープが入ったケースが
仏壇の下のスペースから出てきた。
開けてみるとびっしりテープが詰まっていた。
ラベルにタイトルが書かれている。


「カラオケ集No1」「カラオケ集No2」「カラオケ集No3」「カラオケ集No4」
「昭和56年紅白歌合戦」「つがるひろ子リサイタル」
「オリジナル・ヒット集NoII」「オリジナル吹き込み用」
「演歌全曲集」「青江三奈・春日八郎」「石原裕次郎石川さゆり
「カラオケ集 石原裕次郎北島三郎」「有線ヒット曲集 M」(Mが何を指すのかは不明)
「増位山太志郎・西川峰子」「橋幸夫・ビッグスター演歌競演」
「ダークダックス 世界の心を歌う」「決定盤・日本の民謡」
「歌のない歌謡曲 VICTOR」「アントニオ・コガ ギタームード」「ギター・ムード」
森昌子ナツメロ八代亜紀ベストオリジナル」「渡哲也・ベスト24」


ほとんどがSONYの120分テープで、たまに90分テープだった。
A面・B面にそれぞれ一枚ずつアルバムをダビングしていたのか。


「カラオケ集No1」の曲名は
A面「1 ふたりの夜明け 0」「2 倖せさがして 90」
「3 おまえとふたり 170」「4 雨の東京 240」「5 カスマプゲ 290」
「6 旅の終わりに 340」「7 おもいで酒 395」「8 おゆき 440」
「9 ブランデーグラス 490」「10 抱擁 540」
B面「1 おんなの宿 0」「2 雨の東京 85」「3 奥飛騨慕情 170」
「4 風雲ながれ旅 250」「5 恋人よ 330」「6 ふたり酒 388」
「7 帰ってこいよ 456」「8 熱海の夜 507」「9 女のみち 552」「10 他人船 610」


タイトル横の数字は曲の分数ではなくテープ上で曲が始まる位置か。
どこか癖があるけど分かりやすい字で書かれていた。
大半の曲がタイトルに懐かしいものがあって、
そのうちのいくつかはどんな曲かも思い出せた。


もうひとつ「石原裕次郎石川さゆり」の曲名を。
A面 石原裕次郎
「1 別れの夜明け」「2 二人の世界」「3 俺は待ってるぜ」「4 錆びたナイフ」
「5 銀座の恋の物語」「6 赤いハンカチ」「7 夜霧よ今夜も有難う」
「8 夜霧の慕情」「9 夜霧のブルーズ」「10 夕陽の丘」
B面 石川さゆり
「1 津軽海峡冬景色」「2 私でよければ」「3 わたしの町」「4 いつでも初恋」
「5 ちいさな秘密」「6 19の純情」「7 かくれんぼ」「8 霧のわかれ」
「9 あなたの私」「10 花供養」


新聞記者だった父は非番の時や夜、通信部の仕事場兼居間となる部屋で一人、
酒を飲みながら歌っていた。ギターを奏でることもあった。
大型のラジカセにそれを吹き込んでいた。
これらのテープのいくつかは市販のレコードやテープからダビングしたものだろう。
いくつかは自分で歌ったものだろう。
歌っている時だけは僕らは部屋の中に入ることができなかった。
特に禁止されていたわけではないけど、台所にいる母がよすように言っていた。


テープのひとつに「オリジナル・ソング」というのがあって、
曲名が書かれていなかった。珍しくメタルテープだった。
捨てられない。だけど今、聞いてみたいとも思えない。
なんだか怖くて。母も同じようなことを言った。
もしかしたらこれら全部父の吹き込みなのかもしれない。
オリジナルのアルバムの曲順に。あるいは自分のベスト選曲で。


他にも演歌やムード歌謡の市販のテープが山のようにあったはずだけど、
それは父の死後むつ市から青森市に引っ越してきてすぐ捨ててしまったと思う。
それらアルバムのほとんどはその後CDとなることはなく、
出たとしてもベスト盤か。
というか当時もコンセプトあるアルバムというよりヒット曲集のようなものだったか。
有線で流れる曲の単位が大事。


遺品を整理していると母のスクラップした父の事故死に関する記事が出てきた。
故人を偲ぶ内容で、どれも父の歌のうまさについて語っていた。
僕は特にそういうところを受け継ぐことはなかった。
父の弾いていたギターは部屋の中にまだ残っている。
今度の引っ越しの際も、新しい家に持っていくつもりだ。