地面に穴が開く

6月に入ってから一軒置いて隣の家が解体工事を行っていた。
休みの日に家にいると地震なんじゃないかと思うぐらい、揺れた。
日々少しずつ進んでいく。
2階がなくなり、1階もなくなり、土台も崩されて
地下室のあったところにはポッカリと穴が空いた、というところまで来た。
土台の残りや千切れた鉄筋を片付ければあと数日で終わるだろう。


昨日の夜、帰りに見てみたら地下室の穴に水がたまっていた。
そんなこともあるか、ポンプで掻き出すのだろうかと思いながら家に帰ると
A4サイズの白い紙を折り畳んだものが新聞受けに入っていた。
なんだろう? 広告だろうか? と開けてみると
道路に穴が空き、水道管が破裂して今はビニールシートを引いている。
復旧工事に当たっては関係者の皆さんを集めて話し合いたい、とあった。
06/18(火)20時より。今日だった。


どうしたものか。
僕と妻は借家として借りているだけ。協議に加わる必要はないのではないか。
何かあったら不動産屋か大家さんを通じて連絡してもらえばいい。
変に積極的に関わって平日かなりの時間を取られるのは避けたい。
工事費を分担することになるのも正直嬉しくない。
かといって一切無視しているのもなんだか居心地の悪いことになりそう。
そもそも町内会にも入っていないしなあ。


さて、と悩んでいたところに妻から LINE のメッセージが。
本来夜遅くなるはずが、たまたま早く帰れることになって今向かっているという。
駅を出て到着するのがちょうど20時過ぎ。間が悪い。
通りがかって、なんだろう? 先に帰っている夫はどうしたのだろう?
となりそうだったので、僕も顔を出すことにした。出さざるを得なくなった。


20時になってサンダルを履いて外に出る。
何人か既に集まっていて、一人二人増えるたびに「こんばんは」と声を掛け合い、
自然と輪になっていく。
僕はその中に加わらず、ポツンと一人少し離れたところに立つ。
穴の開いた箇所は青いビニールシートが敷かれ、工事現場の赤いコーンが置かれている。


話し合いが始まる。
ほとんどがお年を召した方だが、
今日中心となって動いてくれた方(暫定的にリーダー)はまだ若い。
40代後半だろうか。理路整然と話す。


・本日の朝、工事のトラックが入ってきたときに道路に穴が開いた。
 すぐ気がついて知り合いの水道工事の業者に見てもらったところ
 中の下水管の継ぎ目が外れている。
 恐らく、震災のときにズレが生じた。
 そこから侵食して穴が大きくなっていって、今回表面化したのではないか。
 目の前の解体工事そのもので空いた穴ではなさそう。
 解体業者の人たちも自分たちが空けたものではないと主張する。


・この穴は氷山の一角であって、
 同じように地震をきっかけに上下水道管が侵食されて
 地面に穴が開くというのはこの一帯どこでも起こりえる。


・区役所の分室に行って窓口で聞いてみたところ、
 該当の箇所は私道に当たるため
 中に引いている上下水道の管も個人で引いたものという扱いであり、
 世田谷区の管轄外となる。
 修理をするならば所有者が個人負担することになる。
 世田谷区はアスファルトの表面のみ助成するが、
 現在の穴の大きさだとたいした額にはならない。


ここから喧々諤々の話し合いとなる。


「役所が何もしてくれないというのはおかしい。
 何人も行って押しかけたら違うんじゃないか」


「毎日あれだけ家が揺れるだけの工事をしていたんだから、
 それが何かのきっかけにならないはずがない。
 後ろについている不動産屋に交渉すべきだ」


「本当に解体工事の影響がないのかどうかわからないから
 明日の解体工事をまずは止めさせよう。
 8時に来たら皆で阻止しよう」


「うちら年金生活者は暇だから、
 交渉はいくらでもくっついていく」


「うちの前の道路も試しに開けてみて
 管を直したほうがいいんじゃないか。
 ここの道路全部開けた方がいい」


「区議会議員に陳情するのが一番いい。
 え? この近くには誰もいない?
 誰か知りませんか?」


それが10分か15分か経つ内に
お年を召した方は「昔この辺りは池だった」とか「鯉がいた」とか
思い出話に花を咲かせるようになり…
とりとめがなくなっていく。


それをリーダーが引き戻し、
まずは明日の8時に来れる人いませんか? と聞くと
「明日の朝は会議があって」とか
「明日は元々予定があって」とか言い出して尻すぼみ。
最初の威勢いいお役所批判はどこに行ったのか…


途中で妻も帰って来て、横に加わる。
最後までいてもなあと思い、キリのいいところでそっと家に戻った。


さて、どうなるのか。
皆これから先何年も何十年も住む場所だから熱くなってるけど
僕ら賃貸で住んでいる側からすると温度差がありすぎる。
「明日は平日ですが、交渉を行うことになったので顔を出してください」
ならまだいいとして、


道路全体を工事することにしたから
どの世帯も一律30万ずつ負担してくれなどとなった日には…
そんなの払えない。
賃貸契約上こちらの落ち度ではないので支払うことにはならないと思うけど
さっきも書いたようになんだか居心地の悪いことになりそうで。
「あそこの家に住む夫婦は感じ悪い」などと陰で言われたり。
感情論で突っ走る人が出てきたたりするとなおさら、
どうなるかわからなくて怖い。


今日の朝8時頃家を出た妻曰く、10人ほど集まっていたと。
その後どうなったのだろうか。
不動産屋には連絡が取れたのか。役所には行ったのか。
今はまだ事件が起きたばかりなので皆まとまりがあるけど
穴の開いたところだけまずは直せばいいと考える人と
この機会に全部直したいと考える人と意見が対立したり、
その金額をどう按分するのかでもめたりすることもあるんじゃないか。
もめないとしても何かと長引きそう。
できれば、関わりたくない。


だけど、「その土地に住む」ってそういうことか、とも思う。
意見が異なりつつも近くに住むもの同士で
事に当たらないといけない局面が必ずある。
戸建ではなくマンションだともっとわかりやすい。


家に帰ったらまた次の紙が新聞入れに入っていて
今度はいつどこに集合、となっているのかな。
大家さんに任せよう、静かに通り過ぎるのを待とう…
僕らも来年かさ来年にはここを出て行く。


こんなふうに地震をきっかけに地面に穴が開くというの、
今全国各地で起きてるんじゃないか。
皆、どうしているのだろう。