入院三日目

9月25日(金) 入院三日目

昨日の続き。
11時。『45 ザKLF伝』を読み終える。
何も読む気になれず、9階から窓の外を眺める。
入院した日と違って曇り。灰色の空が東京を覆う。
スカイツリーもぼんやりしている。
ベッドに妻と並んで眺める。


手術室への入室が12時となる。
手術着に着替え、タイツを履く。
看護師の方とエレベーターで二階へ。
妻は病室で待つ。


フロアは魚の匂いのしない魚河岸のようだった。
いくつか手術室が並んでいる。
手前の小部屋で待つ。
病棟の看護師から手術室の看護師へと引き継ぎ。
麻酔科の先生も来る。
外科手術の先生だけが来ない。
電話してもつかまらない。相当忙しいようだ。
他の手術室からベッドが運ばれていく。
次から次に。流れ作業のようだった。


先生が到着する。
名前と血液型、手術する箇所の確認を行う。
右の腎臓と言うことで右手にマジックで丸をつける。


手術室へと歩いていく。
「BGM にジャズを選ぶって珍しいですね」と言われる。
ジャズにもいくつかあるので、どれにしてよいかわからず、適当に選びましたと。
「普通はクラシックですか?」と聞くとそうだという。
指定しなかった場合はクラシックで、ほとんどの人は指定をしない。
ジャズはオーソドックスなピアノトリオにサックスが加わるというものだった。
オスカー・ピーターソンだろうか。


手術台に横になる。
心電図のを胸につけたり、人差し指に洗濯バサミみたいのを挟む。
右を下にして丸まって、背中に麻酔を打つ。
麻酔科の先生が背骨をひとつひとつ触って場所を決める。
チクっとする。この背骨の麻酔が怖い。神経を傷つけないかとか。実際そういう可能性も稀にある。
髪の毛ぐらいの細い管を伸ばしていく。
入れ終わると全身麻酔。酸素マスクを口へ。
テレビドラマなんかで見て、このマスクが麻酔なのだとずっと思っていた。
違うんですね。点滴の方に麻酔剤を入れていく。
ああ、まだ意識があるなと思っているうちにいつの間にか眠っていた。


目をさますと手術が終わっている。
口元の棒を外して、酸素マスクを被せ直す。
手術の間夢を見るのかと思いきや、そんなことはなかった。ほんの一瞬だった。
ストレッチャーから病棟のベッドに移す。
右の脇腹に違和感があって、ジクジクと痛む。
おしっこがしたい。尿道カテーテルが入っている。


9階に運ぶはずが、病棟もてんてこ舞いでなかなか迎えに来ない。
どれぐらい待たされただろう。天井を眺める。
ようやく運ばれていった。


病室で妻が待っている。大部屋に移っていた。
終わったのは16時。
執刀医から手術の経過を聞いて、切除した腫瘍も見せてもらったという。
皮の部分ごと切除したそれはレバーのようだったと。
出血はなく、輸血は不要だった。
青森の母にも電話してもらった。
ウツラウツラして過ごす。
日が暮れて妻が帰る。


一・二時間寝ては起きてというのを朝まで繰り返す。
時々看護師の方が点滴を替えたり、採血をしたり、血圧を測る。
両足は
トイレに行きたいのを我慢する。
カテーテルが入ってるのでしてもいいと言われてもできない。
意識すればするほど出なくなる。お漏らしするみたいで。
四年前、痔の手術の時にはどうしても尿瓶にできなくて車椅子で運んでもらった。
今回もそうしたいが、たくさん管に繋がれていてそれもかなわない。
たまらずナースコールをする。
注射器のようなものをカテーテルから伸びた管につないでもらい、吸い出してもらう。
それでも残尿感がある。
カテーテルに違和感があるのだろうと痛み止めの座薬を入れてもらった。


隣のベッドの方も今日手術だったようで、同じく尿が出ない。中で血液が固まっているらしい。
かつ血圧が下がっているとのことで輸血を受けていた。


夜寝ていて不意に吐き気がして、吐く。看護師を呼ぶ。


夢を見ているような、起きているような。
そんな状態が朝まで続く。
6時になって明かりがつく。
痛みはなく吐き気もない。採血、血圧、体温。
入れ替わり立ち代わり腎臓科や麻酔科の先生が現れて、順調に回復しているという。
今日から水をたくさん飲んでくださいとのこと。
しかしトイレに行きたくなるので抵抗がある。


穂村弘『にょにょっ記』を読み終える。
『ベスト・アメリカン・短編ミステリ2012 ハーラン・コーベン編』はどうも読んだ覚えがある。
読み終えた後カバーを外さずに置いといたから、引越しの時に未読の山の方へ移してしまったようだ。
妻に2014年版を持ってきてもらうよう頼むことにする。
ハヤカワの時には毎年出ていたけど、DHC出版に戻ってからは出たり出なかったり。なんとかしてほしい。


午前中立ち上がって歩いてみましょうということになっていたが、本を読んでいたのがよくなかったのか、
起き上がると熱っぽくフラフラする。
血圧が100を切ってて、体温も38℃近かった。
それでも立ち上がってナースステーションまで行って戻ってきたら、具合が悪くなって吐いてしまった。
その後レントゲンを撮ることになっていたが、少し休んでから車椅子で行くことになった。
終わって、いや行く前か、身体を拭いてもらう。


その後は本も読まずおとなしく過ごす。
昼食が出る。お粥かと思ったら普通の食事だった。
胃がやられてなければよいのか。
マグロフレークを里芋と煮たもの。すき焼き風煮。ほうれん草の胡麻和え。
iPhone で Arvo Pert を聞く。


この日は終日雨。
午後になって妻が来る。
熱は下がらず。
相変わらずおしっこが出なくて看護師を呼ぶ。
イヤホンをシェアして大相撲秋場所を見る。
稀勢の里が照の富士を破って、鶴竜と照の富士が二敗で並ぶ。面白いことになってきた。
妻はところどころ寝落ち。疲れているのだろう。


夕食。八宝菜。肉味噌を乗せた厚揚げ。柴漬け。
食べ終えて歯を磨く。嘔吐用の容器にゆすいだのを吐き出す。
妻がお湯につけたタオルで顔や首、髪を拭いてくれる。
床づれ防止で畳んだバスタオルをお尻と足首に置く。
19時の面会時間の終了が来て妻が帰る。
相変わらず熱は下がらず。
景気付けに Peter Gabriel を聞く。


22時の消灯を待つ。