入院八日目

9月30日(水) 入院八日目

22時消灯。
いつもより寝たと思う。
23時半に目が覚めてまた眠って、次は0時半。トイレに行く。
その後目が覚めたのが5時半。
連続して5時間寝たのは今までで最も長かったか。


6時半、健診。血圧が100を切っていた。
CTスキャンを受けるため朝食抜き。
8時過ぎ、ロアルド・ダール『キス・キス』を読み終える。
いくつかは印象的な作品があった。
昨日妻に持ってきてもらった
『完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯』を読み始める。
予想した通りむちゃくちゃ面白い。


10時。ナースステーションにて入浴の予約。台帳に記入。
CTスキャンの時間となる。
前回着いてから待たされたので今回は本を持って行ったのだが、すぐ呼ばれた。
一昨日はドレーンを残していたので寝そべるにも二人掛かりで背中を押さえてもらってだったのが、
今回は管が何もないので自力。傷がひきつる。
横たわって左腕、手首の近くに刺した点滴から生理的食塩水を注入するが、やたら痛い。
7時に入れてもらったのがうまく入ってないのか。斜めに突き刺さっているような。
「大丈夫、漏れてないですよ」と言われるが、そういう問題ではない。
造影剤を注入しているときもキリキリする痛みを我慢する。
左腕ばかりがカッと熱くなった。
これでちゃんと撮れてるのだろうかと不安になるが、終わりましたと言われる。


なんとはなしに売店を覗いてから帰る。
戻ってきてボビー・フィッシャーの続きを読む。
病室の他の方のところには看護実習の学生が実習で先輩看護師に付いて回っている。


結果が出るのはやはり夕方だろうかと思っていたら、案外早かった。12時前。
動脈瘤は小さくなっていなかったという。
「今日手術室が空いているので14時から手術可能ですが、どうされますか」と聞かれて、
引き伸ばしてもいいことない、さっさと終えたいと了承する。
造影剤で嘔吐するかもしれないからと今回の昼ごはんもなし。


バタバタしている間にすぐ時間が来て12時15分過ぎ。
病棟の医師詰所のような部屋で手術について聞く。
放射線科の先生二人が話し、泌尿器科の医師と看護師が立ち会う。
最初に一昨日と今日のCTスキャンの結果から。
プリントアウトされたものを用意している。
右側の腎臓の切除した箇所まで伸びている動脈のこの辺りに瘤ができていて…、
と説明してくれるんだけど、輪切りの断面図だと素人目にはよく分からず。
縦の断面図の方が気になった。左右の腎臓の形がハッキリ写っている。
右側は80%ぐらい残されているか。まずまずの結果だろう。


これから行う手術はこの瘤を(外科手術的に)取り除くのではなく、血管を詰めてしまう。
右脚の付け根に局部麻酔をして、注射器を刺して細いカテーテルを通す。
この先端部分を瘤のあるところまで移動させて小さなコイルで瘤の分かれ道に詰め物をする。
コイル以外にもゼラチンスポンジやビーズという手段もあるようだが、保険適用外のものもある。
詰めるとなるとそこから先は血液が流れなくなる。
今回詰めようとする箇所でうまくいくならば切除した部分に流れなくなるため、問題なし。
うまくいかなかったら別のもっと手前の箇所で詰め直す。
そうすると今正常な箇所に血液を送っている血管であるため、
そこを止めると何割かは今後機能しなくなる。その可能性がある。せっかくの部分切除なのに。 
怖いが、同意書にサインする。


手術後は2時間、絶対安静。足を動かさないこと。
その後2時間安静。ベッドから出ないこと。終わるのが16時として、20時を過ぎる。
消灯に近いので朝まで安静としましょう、となる。
それはつまりトイレに行けず、尿道カテーテル
え、え、体力も戻ってきたしそんなすぐ眠れないよ! すぐカテーテル外そうよ、と思うが
僕以外皆それがいい、そうしましょうと。
ここに来て追いつかれる。ここ二日ゆったり過ごした報いか…


手術が14時からなのでそれまで時間があるかと思いきや、尿道カテーテルは今すぐにでも入れたいという。
あの膀胱がはったり、残尿感で眠れない夜の辛さ。
ちょちょちょ、待ってください! 電話かけたいんで。
こうなると10分でも多くカテーテルから逃れたい。自由に歩きたい。
泌尿器科の先生を逃れ、ノートPCを手にデイルームへ。
束の間の自由時間を過ごしていると思いがけなく声をかけられる。
Surface は使いやすいですか?」
見ると僕よりもまだ若い、20代後半ぐらいの若者。
先日まだ管があった頃、妻に髪を洗ってもらおうとして洗面所に行ったときにかちあったことがあった。
あの頃からつないでいる点滴や機械が減っていないようだ。大変そうだ。
しかし朗らかに話しかけてくる。
僕は「おすすめしますよ。1年使っていまだ快調です」と答える。
モデルは「3」か、メモリはどうか、マックと比べてどうか。そんなやりとりをする。
なんだ、こんなことならもっと早く話していればよかった。
いつも遅くまで、面会時間が過ぎてからも献身的に世話している男性は
彼の友人ではなくて兄だということがわかった。


13時過ぎ、腹をくくって病室でカテーテルを待つ。
しかしなかなか泌尿器科の先生が現れない。
ようやく来たのが13時半前。
この階の尿道カテーテルの予備を切らしてて探してもらっているところなのだという。
「そういえば、トランクスじゃなくてT字帯がいいんでしょうか? 退院だと思って予備ないんですけど。浴衣も」
と聞くと、しまったという顔をする。
このたった2・3分のやりとりの間もひっきりなしに PHS にかかってくる。大変だ。
医師も看護師も現場は修羅場だ。人が足りないということではなさそう。
T字帯は下の売店に僕が買いに行く、浴衣は病棟のを借りることになった。


エレベーターで一階に降りてささっと買って戻ってくる。13時30分を過ぎて14時までそれほど時間がない。
ナースステーションで先生を捕まえ、T字帯を買ってきたことを伝える。
病室でトランクスを脱いで履き替える。
まさかまた履くことになろうとは…
しかし最初のうちはどこをどう紐を結ぶのかわかっていなかったのが、今はとても上手になった。


カテーテルを入れる。
局部を出し、和紙のようなものの真ん中を開けてそこから突き出させる。
昔の赤チンのようなもので消毒する。
尿道から管を入れていく。というか尿道が飲み込んでいく。
飲み込もうと思えば喉から管が入っていくように…
楽にして深呼吸してくださいというが、この状況でそれは無理。
意識すると尿道にぶつかって痛い。
身体の中に管が入っていく感覚、一生慣れない。


使い捨ての青い、紙製の? 手術着を着て、
タイツを履いて車椅子で放射線科のある一階へ。手術室もあった。中に入って、車椅子から立ち上がり手術台へ。
心電図の吸盤をつけて血圧測定のを右腕に巻いて。左の人差し指を洗濯バサミで挟む。点滴をつなぐ。
目の前にはC字の上半分を二つ重ねたような巨大なアーム。
内側には真っ黒なPCモニタのようなものが手術台と並行するように吊り下げられている。
外側には左真横にスポーツバーの巨大なモニターのようなものが。
右側には50cm四方ぐらいの透明な分厚いプラスチックのパネル。自由に動かせる。
おそらくこれを盾にしてそれ以上患者に触らないようにして、機器を操作するのか。


全身をタオルで覆い。
右のタイツの爪先を出してしまうと次は左へ。これはなんだったのだろう。
手術着をハサミで切り裂いて、右脚の付け根を出す。
局所麻酔。最初だけチクっとする。細い管から冷たい液体が体内に入っていく。
その後注射器からカテーテルを通すが、その感覚はなし。太腿を指で押している感覚はある。
点滴からはウツラウツラする薬も混ぜてあって、眠ったりはしないが、ぼけーっとしてしまう。
傍観者になるというか。
開腹とか腹腔鏡の手術とは異なるため、目の前で医師が集まって何かをするわけではない。
カテーテルの先端がおそらくカメラになっていてそれを操作しながら手術を進めていく。
手術室の中を散らばったり、一箇所に固まったり、皆で外に出たりしながら進んでいく。
一方で看護師さんなのか、太腿から爪先のどこかわ触っている。何かをコントロールするかのように。
いったいなんなのかよくわからない。
それを僕が端の方で聞いている。
時折、CTスキャンのように息を吸って吐いて止めて撮影が終わるのをしばらく待つというのを繰り返す。
「どうする?」「どうした?」と部屋の隅で聞こえてくると怖くなってくる。
それ以上に怖いのがトイレに行きたくならないか、膀胱がはちきれそうにならないかということ。
案外そうならなかった。
尿道カテーテルとの付き合い方がわかってきたのか。


ああ、けっこう時間が経ったなあと思っているうちに終わった
手術のチーフ的な医師がとてもうまくいきましたよ、という。よかった。
右足の付け根からカテーテルを取り出す。
これは10分ぐらいかけて、太腿を強く押しながら。どういう仕組みなのかは不明。
針を刺した箇所にガーゼをして、右の太腿をテープできつく固定する。
心電図など取り外して、何人かせーのでストレッチャーへ。
手術着はジョキジョキとハサミで切り取る。泌尿器科の看護師さんが持ってきた浴衣を着る。
手術室を出て、エレベーターで運ばれていく。閉まりかけにもう一台入ってきて二台並んで。
9階へ。病室まで運んできたところで、人手を借りてまたせーのでストレッチャーからベッドに戻す。 
毛布を新しくしてもらい、肩まで引っ張る。
熱を測ると38℃を超えている。手術を終えてこれから数日、熱が出るという。


終わったのが16時過ぎ。戻ってきたのは16時半か。
ここから2時間近く絶対安静。
眠れない。とりとめなく考え事をしているうちに外を見ていると日が暮れ始めている。
18時前に妻が来て、同じ頃、放射線科の先生が。
右脚付け根の注射器の跡を見て、問題なしとのことで絶対安静が解除される。
ベッドの中なら好きに過ごして良い。
食事もしてよい。妻に持ってきてもらう。
肉どうふやひじきの煮付けなど。
食べ終えて歯を磨き、妻にタオルをお湯で浸してもらって顔や髪を拭く。
妻が帰るとき、カーテンしめてもらう。


看護師や医師が何度か訪れる。
明日の採決で貧血など問題がなければ明日の昼以後退院となる。
会社や学校に状況報告の短いメッセージを送る。


22時消灯。
物語講座は次のお題へ。