極めて濃厚で秘伝で

昼を食べに行ってブラブラと戻ってくると
1年持たなかった油そばのチェーン店跡のシャッターに
新しいラーメン屋のチラシが貼ってあった。
おっ、と思って近づいてみると
家系ラーメンだった。なーんだ、とがっかりした。


ラーメン屋が居つかなくて
半年か一年したらいつのまにか別なのに変わっていた。
そんな場所が必ず町にひとつやふたつはあって、
その多くが最近家系ラーメンとなっている。
その土地の名前をつけて「○○家」「○○商店」などと。
(身の回りの地名を当てはめると差し障りありそうなのでここでは伏す)


家系ラーメンに共通する、あの残念な感じってなんなんだろう。
おいしい店ってあるんやろか。
目の前のポスターには
「次世代」「秘伝」「濃厚」「三代目」「極み」など手垢のついた言葉が並んでいる。
喜んで使ってる。
家系ラーメンの魅力とされる部分を
ひとつに押し込むと逆に食べる気がしなくなってしまうという不思議。
ある種のヘビメタの様式美に似ている。


ああ、ここには工夫ってものがないのだな。
普通のことを普通にやってるだけなのだな、とわかる。
ちゃんとしたラーメン屋は本当に極めたものを軽々しく「極み」などとは呼ばない。
そもそも、バーンと 「秘伝」って大書きしたら秘密でもなんでもないだろう。
夜店の屋台に並んだ「秘密道具」「秘密兵器」にときめくようなものだ。


彼らにとってはありきたりであればあるほどよいのかもしれない。
揃いの格言入りTシャツや作務衣を着て。
流行ってるっすから、というだけで取り入れた浮ついたスタイル。
安っぽい。知的レベルが安っぽい。というか雑。
自分の言葉で考えるということがない。


資本主義の末端ってそういうもんでしょう?
と言われたらもはやそれまでだが。
世の中そういうものばかりか。