入院 18日目

昨晩、ベッドで寝たり起き上がったり傍らの椅子に座って
本を読んでいるのも疲れてきて1階のロビーへ。
緑色の椅子が6脚、背中合わせのソファーがふたつ。小さな机がひとつ。
背もたれがある方がやはり本は読みやすい。
1階のコンビニは19時半に閉まると思っていたら24時間営業だった。
バイトの店員がふざけ合いながら、
納品されたペットボトルやカップ麺などの箱の山を片付けている。
どこそこの説明会についてと就職活動の話を交えながら。


21時。休日も熱心に仕事しているMRと思われる男性がふたり、エレベーターから降りてくる。
40代後半か。ひとりはスーツを着て、ひとりはゴルフ帰りのような。
その他眠れないのか、ひっそりとエレベーターからコンビニへと
ゆっくりと点滴棒をガラガラ押しながら、あるいは寄りかかり頼りにしながら歩いていく患者たち。
しばらくするとコンビニの袋を下げてまたエレベーターに戻っていく。
宿直の研修医も、休憩中の看護師も通り過ぎていく。
フロアの反対側はレントゲンやCTスキャンの検査室で器具を片付ける
ガチャガチャと大きな音が聞こえる。
チェーン店の中華料理屋でテーブルと椅子を全て片側に寄せて大型の掃除機をかけているような。
22時前に4階に戻る。


朝までぐっすり眠る。途中で目を覚ますこともなくなった。
朝、鶏肉の照り焼き。ごはん。味噌汁。大根ときゅうりのサラダ。リンゴ2切れ。ヨーグルト。
昨日妻が持ってきてくれたみかんをひとつ食べる。


9時過ぎまで『異族』150ページ。これで450ページ。ようやく半分来た。
昼前まで幸田文の対談集の続き。上巻を読み終える。
有名なところでは江戸川乱歩志賀直哉木村伊兵衛など。
最後は『徹子の部屋』に出た時のものだった。
上巻のテーマは父、幸田露伴
娘に「書く」ということの作法は何一つとして教えなかった。
父娘どちらもその後作家として大成することは想像していなかった。
露伴の教えた生活の作法、それが作家としての基礎となった。
それは直接的に文章を習うよりも大切なことだった。
面白かったのは江戸川乱歩のところで、父娘共に通俗的な探偵小説が好きだったという。
探偵ごっこもやる。汽車に乗り合わせた向かいに座った人の職業をこっそり当てるとか。
父の客に来た人の履物の泥を見て、どの道を通ってここまで来たか当てるとか。
10時過ぎに下の広場に出てみるが、寒くて戻ってきた。
ペットボトルのお茶を買って続きを読んだ。


『TOKYO STYLE』も昼過ぎに読み終える。
いろいろと考えさせられる。売れっ子の漫画家から無名の会社員まで。
風呂なしの安いアパートや今にも倒れそうな一軒家の生活空間を写真として切り取る。
90年代前半に撮影されている。この頃僕も似たようなものだった。大学の寮で。
独身時代に暮らしていたCDの間に暮らす部屋は機会があったら絶対載っただろうな。


昼、シイラの香草焼き。ポテトサラダ。キュウリの浅漬け。ごはん。卵スープ。
もうひとり、これまで2日に1回昼夜どちらかのペースで担当頂いた
看護婦の方も夜勤明けに「明日退院ですね」とわざわざ挨拶しに立ち寄ってくれた。
「これまでお世話になりました」と僕も頭を下げる。


午後、幸田文対談集の下巻。娘:青木玉や徳川無声など。
美輪明宏との対談のように、面白い人相手に幸田文が聞き手になったほうがいいですね。
利き手が幸田文幸田露伴のことを聞くよりも。
13時半から14時まで外のベンチで読む。その後下のローソンでコーヒーを買って戻る。
15時からシャワー。


夕方、妻が病室に。
神保町でハルミンさんとランチして、そのままふたりで車に乗って来たのだという。
1階のロビーで3人並んで話す。
『おさんぽ神保町』がこの3連休、漱石にちなんだイベントをやっていて
Hさんがとても張り切っていたという話を聞く。
『おさんぽ神保町』の最新号も持ってきてもらう。
僕が起こしたインタビュー記事も掲載されている。
ハルミンさんも今年入院したということもあり、「病院あるある」で笑う。
僕の職場の近くだったとのことで、夜騒いでいる学生たちがうるさかったと。
桜の季節に入院した方に聞くと花見のシーズンはうるさすぎて休まらなかった。
病院のパンフレットに桜を描いているところは春、要注意だなと思う。


1階のローソンに「おせち受け付けてます」と貼り紙が。
病院のコンビニで誰が申し込むのだろう。
そもそも元日やクリスマスにはそれなりにめでたい料理が出るのだろうか。
それでいくと体育の日は?
夜ごはんのトレイを見たら「紅葉狩り」と書かれて紅葉を描いたピンクの紙が乗っていた。
舞茸ごはん、大学芋。この辺りが特別な感じだろうか。
鱈の野菜餡、白菜と椎茸の酢の物。


幸田文の対談集の下巻を読み終わる。
焼失した谷中の五重塔の再建は叶わずだったけど、
奈良にある法輪寺の三重塔は晩年、70歳にして関わることができたようで。
このときの棟梁があの西岡常一。ここでつながるのか。
もちろん二人の対談も収録されている。
有名な木ではなく山を買う話がここでも出てくる。
他、土門拳、辻邦夫、沢村貞子など。


一昨日の夜から移ってきた方がずっと眠り続け、しかも痰がからんでいる。
看護婦の方が入れ替わり立ち代わり、このところつきっきり。