「Room 517」 

晦日を知らない町のビジネスホテルで過ごす。
そんな人がどれぐらいいるのだろうか。
フロントで隣に立っていたくたびれた男性はコートの下にスーツを着て、出張のようだった。
世の中にはそういう仕事もある。
三が日の初売りの手伝いで派遣されたのかもしれないし、
技術者が工場の複雑なボイラーの修理で急遽、ということだってあるだろう。


2階に変に気取った中華料理の店があって、五目焼きそばを頼んで生ビールを飲んだ。
部屋に戻ってシャワーを浴びた後で缶チューハイを開けた。
テレビをつけると紅白をやっていた。特に見たいものはなかった。
地元の同級生Kが演歌歌手になってそろそろ選ばれるかもしれないという噂を5・6年前に聞いた。
最後に帰ったとき、酒屋だとか食器の店だとかあちこちに新曲のポスターが貼ってあった。
しかしその後見かけない。
出場歌手が発表になるたびに名前を探したが、今年はもう忘れていた。テレビを消した。
空調がかすかな音を立てているのが聞こえた。カーテンを開けると雪が降り出していた。


ロングの缶を机の上に半分残して、部屋の照明を消す。
ベッドに横になった。枕もとのだけ明かりを残しておいたのも消した。
目をつぶるが、もちろんすぐには眠れない。
明日は雪がどれぐらい積もっているだろう、ということを考えた。


気が付くと遠くにサイレンが聞こえた。消防車だろうか。2台か3台。
近づいては遠ざかる。完全には消えてなくならない。
晦日のこんな日に火事か。焼け出された家。伸ばされたホース。集まった野次馬。
行くところのなくなった、家族。
多くの家では紅白や格闘技を見ている。
サイレンがまた聞こえた。火が大きくなって燃え広がったのか。
ここまでその火が来ることは、…ない。
乾いた枕の上、目を開ける。外から漏れてくる光がうっすらと天井を照らす。


起き上がりテレビをつける。
Kが白いタキシードのようなものを着て、スモークを焚いたステージの上で歌っていた。
その背後で若い女性のダンサーたちが踊っていた。無機質な目で、張り付いた笑顔で。
涙とか酒とか散りばめられた歌詞が画面の下に流れた。鳩のような鳥が下りてきた。
ああ、よかったな。売れてたんだ。
同級生の間では今、LINE や facebook であれこれと交わしてるんだろうな。
ぬるくなった缶チューハイをあおった。
Kは手をカメラに向かって伸ばし、こちらを見つめながら熱唱した。
歌い終えてその場を去った。
次に出てきたのは男女混合の大所帯のグループだった。
もう一度テレビを消した。


部屋の中が静まり返っていた。
耳を澄ませてもサイレンは聞こえない。
ああ、あの火事はもう終わったのか。
黒く燃え尽きた家だけが残って、家族の人たちは無事だったか。
それとも何人か逃げ遅れて遺体となって見つかるか。
どちらにせよそれは、終わってしまった。


着替える。スリッパを履いて、廊下に出た。
沈んだ光の中にドアが並んでいる。
エレベーターはどっちだったか。歩いていく。
どのドアも鍵がかかっていて、開くことはない。
そのうちのひとつが突然開いて
「今の歌手の歌、聞きましたか?」
「火事で焼けて家、見に行きませんか?」
と言い出す人もいない。


ボタンを押す。
エレベーターが昇ってくるのを待つ。
開いたとき、酔っぱらった男女が下りてきた。
女の足元はふらついていて、二人分のコートを抱えた男がその服を脱がせ始めていた。
すれ違いざまに男は「見てんじゃねえよ、ボケ」と呟いた。
ドアが閉じられてエレベーターは上の階へと向かった。


ボタンを押した。
しばらくたってもう一度開いた。誰もいない。
乗らずに今度もやり過ごした。
何度も、何度も。
夜が、明けるまで。