ねぶた囃子を聞く

このところ空いている時間のほとんどを、
5/14(日)に開催された同窓会の総会・懇親会のビデオの編集に費やしている。


青森市の高校であるため、ねぶた囃子が欠かせない。
ステージに台を設置して大きな太鼓をふたつ並べて、力の限りに叩く。
その横で笛が4・5人いただろうか。
跳人が跳ねながらステージを下りて会場の中に入っていく。
青森から始発の新幹線で駆けつけてくれた同級生たちも持参した衣装に着替えて跳ねた。
スーツ姿の年配の方も立ち上がって一緒に跳ねた。
いつまでも終わらないかのようにお囃子は続く。


昨晩そのクライマックスの部分を編集していて、
いいなあと思いながら何度も見返してしまった。
始まる前、太鼓を運んできて設置する部分なんかも遡って見直した。
(高校の先輩たちではなく、首都圏のねぶた囃子同好会的なグループにお願いしている)


懇親会の終わり、出席者退場の際にも演奏される。
席を立って出口に向かう人たち。
空っぽになった円卓の間を会場となったレストランのウエイトレスたちが縫い歩き、
テキパキと片付けを進める。
ステージの上では笛と太鼓がねぶた囃子のシンプルなフレーズを繰り返す。
それもいつか終わってしまう。
祭りの後を思い起こし、切ない気持ちになる。


何度聞いてもいいものだ。
小さい頃から夏はずっと、テレビやラジオで、商店街のスピーカーで聞かされ続けてきた。
いや、記憶というよりも前に DNA に刷り込まれているのだろう。
東京の片隅の一室でモニター越しに見るのではなく、
あの潮風を帯びた熱気に包まれながら目の前で、
道路の端から端までずらっと並んだ太鼓の乱打を見たいと思う。
見ることのできる人をうらやましく思う。


先日ある方と話していて、こんな話を聞いた。
何も知らずに8月最初の週、夫婦で十和田の現代美術館を訪れようとしたらどのホテル・旅館もいっぱい。
かろうじて空いていたのがむつ市の奥の旅館で、しかも別々の旅館で一部屋ずつ。(薬研温泉の方だろうか)
ローカル線乗り継いでいたら片道3時間ぐらいかかるだろうか。
しかもねぶたも見たいとなると…
さすがにこれは現実的ではないと諦めたそうだ。
ねぶたの期間、青森市周辺のホテル・旅館だけが満室なのではないということ。
恐ろしいほどの集客力。


海の日の3連休も終わって、青森駅前、新町の商店街はシャッター街とはいえ
日中はねぶた囃子やねぶた音頭が流れ、来週には観客席も組まれるか。
デパートの軒先のワゴンでは手ぬぐいや足袋などの衣装も売られているだろう。
8月の2日から7日まで、いや、その前から
遠く離れた青森市民は心の中でねぶた囃子が鳴りっぱなしとなって、
終わらないパレードに加わって跳ね続ける。