幽霊というもの

7月26日は「幽霊の日」なのだという。
中学生のころ、あれは幽霊じゃないかというのを見たことがあるが、
今となってはよくわからない。


幽霊を描いた絵は足がない、ということになっている。
江戸時代後半を代表する画家、円山応挙がその描き方を見出したとされる。
さいころに子供向けの学習漫画を読んでいたら、
幽霊がうまくかけずに悩んでいてついカッとなって
湯呑を投げたら足の部分の絵の具が流れてしまって…、というのが始まりとあった。
写生を重んじていかにリアルな絵を描けるかを追い求めた円山応挙であっても
さすがに幽霊は見たことがなかった。
幽霊に足があるのかどうかは誰にもわからない。
だけど、あの世とこの世の狭間にあって
向こう側からこちら側へと姿を現さずにはいられない、
身体の一部を残してきているというのはイメージの捉え方として感覚的にしっくりくる。


手だけが空中に浮かんでいて人を捕まえようとしていたり、
それこそ生首だけになった幽霊がおどろおどろしく、という絵も見たことがある。
あれもやはり向こう側にその他の部分を残しているわけで。
海外のゾンビ映画を見ると頭だけになっても人間を襲っているというのがあるけど、
そういうのを見ると死生観が違うのだなと思う。
この世とあの世(天国ないしは地獄)がきっぱりと切り離されて、
この世の存在はあくまでこの世に物質としてあるものだけ、という。


もちろん欧米にも幽霊の話はいくらでもあって、
映画「ゴースト」であるとかいろんな例がありますが。
交霊術も盛んだった。降りてくる、という。
個人的な印象として、ダンテの構造がそうですが、
欧米というかキリスト教圏は現世と天国・地獄が垂直の関係にあって、
日本やアジアは様々なものが隣り合わせているように思う。
一神教多神教八百万の神々の違い。
(仏教も実際には階層関係がありそうに思いますが。奥と手前的な)


猿から人間に進化して、立ち上がって両手を使えるようになった、火を熾した、
言葉や文字を扱えるようになった、車輪を発明した、ということと並んで
この世とあの世、こちら側と向こう側を分けて考えるようになったというのが
進化の大きなステップになったんじゃないかと思う。
人類はずっと死というものにとらわれ続け、死後の世界の在り様について考え続けてきた。
そしてそれはおそらく永遠に結論を見ることはない。
そうなるとどうしても想像の手すりとするために
中間的な、向こう側からの使者的な存在が必要になるわけで。
それが幽霊というものなのだろう。