Steven Wilson Mix

個人的に今年一番、音楽的にキタのが
Steven Wilson に寄る一連の過去の名作アルバムに対する再ミックス。
最初に気になったのは、何か月か前の Rockin'on のディスクレビューの最初の方のページで
YES のアナログ6枚組『The Steven Wilson Remixes』を見かけたとき。
なんでレコードの再発でそんなにスペースを割くのだろうと。


ちょうどそのころ、たまたまプログレが聴きたい時期だったので
それまで縁のなかった Marillion の代表作『Brave』が再発が出たのを買っていた。
これもまた Steven Wison による新しいミックスだったんですね。
びっくりした。世の中にこんな瑞々しい音があるとは。
冷たくて清らかな泉がたおやかに流れ出るかのよう。
これまで僕が聴いてきた音楽は曇ったガラス越しに二次元的に眺めているようなものだとしたら、
これはまるで音そのもの中に飛び込んで包まれるとでも言うべきか。
5.1 Surround といった特殊な再生装置がなくても、iPhone で聴いてもリアル。
元の音源を聞いてないので比較はできないけど、
普通の CD だったら一度聞いて「こんなもんか」で終わりだったと思う。
それが Steven Wilson のナチュラルでオーガニックな音に浸りたいがゆえに手元に残しておくことにした。


でも実はこれが初めての「聴く」体験ではなくて、既に何枚か持ってて聞いてたんですね。
それが King Crimson の40周年記念の再発。
『In the Court of the Crimson King』『Lark's Tongues In Aspic』『Red』は2枚組になっていて、
通常のリマスターと Steven Wilson によるミックスという構成になっていた。
iPhone に入れていたのは、自分でも知らないうちに後者だった。
改めて聞き直すと、『Lark's Tongues In Aspic』は一層凶暴な音で。
この一作だけに参加した Jamie Muir のパーカッションが特に鮮烈。
ベコン、ボコンと音の異質感が際立っていた。ひとつひとつの音がくっきりと聞こえる。
もちろん、Robert Fripp のギターもチェンソーとなってありとあらゆるものをぶった切っていた。
もはや殺人鬼の音楽。素晴らしい。


その Steven Wilson はただのエンジニアではなくて、もともとはミュージシャン。
Porcupine Tree という自ら主宰するバンドでギターを弾いている。
ジャンル的にはプログレということになる。
ハードロックでもあるし、ポップな一面も持つという最新型のプログレ
『Dead Wing』というアルバムが代表作だというので取り寄せてみたら
どっちかというとプログレよりもメタル。抒情的でスケールの大きな。それでいてタイト。
そう、まさにこれ、これを聞きたかったんだ! という。
入手したのは日本盤で2枚組。
2枚目のライヴ音源の方がよかったので次はライヴアルバムの『Octane Twisted』へ。
確信に変わった。これもまたひとつの21世紀の音楽の形であるように思う。


調べてみると XTC の Steven Wilson Mix が出ていた。
まずは『Oranges & Lemons』と『Drums and Wires』の2枚を。
他とは違ってきめ細やかな音というよりも演奏のダイナミズムを重視した音。
すぐ目の前でスタジオライヴが繰り広げられているかのよう。
『Black Sea』『Skylarking』『Nonsuch』も出ていて、今後少しずつ入手。
全部ミックスされ直すのかな。
何年先になってもいいから『English Settlement』『Murmer』『The Big Express』も出してほしい。


そして YES も聴かなければ。まだこれから。
XTC 同様、CDと Blu-Ray の2枚組。
『サードアルバム』『こわれもの』『危機』『海洋地形学の物語』『リレイヤー』絶頂期の5枚。
『危機』はすごいことになってるんだろうな。
小川のせせらぎに鳥の声。普通のリマスターでも音が降ってくるかのような臨場感があったけど。
もっと神秘的になっているんじゃないか。


優れた彫刻家は、木の中にあるものを鑿で掘り出すだけなのだという。
どんな形にするか考えながら彫るのではなくて、
仏像なら仏像のそのあるべき姿で木の中に既にあるものを露にするだけ。
Steven Wilson もミックスを聞いているとその話を思い出す。
本来あるべき音、かつて YES や King Crimson を70年代、
リアルタイムに接した世代の人たちに聞こえていた心ざわめかせた音を
さらにその21世紀版として再現させる。
これは稀有な才能だと思う。