(サンプル)

この季節にしては暑い日だった。
峠をひとつ越えてきたばかりで、額に流れた汗をぬぐった。
向こうに村が見えてきた。
聞いていたようにあちこちに細長い塔が伸びている。
生えていると言った方が近いかもしれない。
家々が寄り集まったところには塔も多かった。
村の中心部にはひときわ大きな塔。
原っぱが広がるところにはひょろ長いのが一本きりだった。


出迎える者もなく、崩れかけたゲートをくぐった。
風が吹き抜ける。鳥が飛び去っていくのが聞こえた。
左手に握っていた布で、もう一度汗をぬぐった。
足に触れるものがあった。
見ると小さな女の子が、ぼろをまとった女の子が両手で足を掴んでいる。
いつのまに?
「だ、れ、?」


しゃがみこんで、答えようとした。
…いや、目の前に、少し離れた向こうに、ゲートの向こうに
男が一人立っていた。
ボウガンを構えている。
ゆっくりと両手を上げた。
自らの鼓動を聞く。
深呼吸をひとつ。
「手紙を、持ってきました」


男はボウガンを構えたままだった。
「誰から?」
答えた。
「誰に?」
答えた。
「ほう」
男は微動だにしなかった。


視線が、あごの先が、動いた。
下へ?
肩にかけていた鞄をはずして少し離れた地面に投げた。
女の子が駆け寄って開けた。
「手紙は脇のポケットに入っている」
女の子はこちらを向くともなくその中に手をやった。
ゆっくりと探る。
見つからない。…そこにあるはずだ。
あった。
女の子は手紙を男の元に持っていった。


男は片手でボウガンを向けたまま、手紙を受け取って、
その表と裏を見た。空に向けて透かした。
「来い」
男は初めてボウガンを下した。
女の子がこちらを見ている。


ゲートをくぐった。
最初の塔が目の前に建っていた。
平たいごつごつした石を組み合わせたのか。
それは半ばで崩れていた。
その折れた先が瓦礫になって道端に転がっていた。


男と女の子が前を歩いている。
時々女の子が振り向いてこちらを見た。