我が家ではみみたの誕生日は2016年11月1日となっている。
2歳半ということになる。
熊本の妻の友人宅に迷い込んだのを譲り受けて、
その頃はまだとても小さかったのが、今はもうみっちり、むっちり。
すっかり大人の猫になった。青年みみた。
野良猫のままだったら早々とその人生を終えていたかもしれないことを思うと、感慨深い。
初めて飼う猫がみみただったので知らなかったんだけど、
猫の習性として目の前のものをモミモミするというのがある。
子猫が授乳されているときに、母親猫の乳腺を刺激してより多く母乳を出すというもの。
大きくなってからも人間の体に対して行ったり、座布団に対して行ったりもするという。
みみたにはそれがない。
生まれたばかりの頃にすぐ母親猫から引き離されて
一人でたくましく生きてきたのだろうか…、と思う。
それで言えば、膝の上に乗ってくるということもないけど。
そういうのいいなあとわざわざ抱きかかえて膝の上に乗せても嫌がってすぐ離れていく。
みみたの尻尾は短くて先の方が球のようになっている。
これも小さい頃に怪我して短くなったのかな…、と思う。
妻の祖父はこういう猫は「蔵の鍵を持っている」と言っていたのだとか。
暖かくなってきたので、休みの日は道路に面したCD部屋の窓を開けて網戸だけにする。
するとみみたが一日の大半をそこで過ごす。
僕と妻は、みみたが街の平和を守るために見張りをしているのだと言い合う。
風を感じるのが好きなのだろう。
本当は外に出してあげたい。
洗濯物を干しているとき、気が付くとみみたがバルコニーに出ていることがある。
あ、だめだよ! と叱るが、
みみたは気持ちよさそうにウッドデッキを転げ回っている。
木の匂いを身にまといたい、というように。
洗濯物を干す手を止めて、そんなみみたをしばらく眺めて、抱きかかえて部屋の中に戻す。
ブーッ! と機嫌を損ねたみみたは僕に噛みついてくる。
両足で立ち上がり、両手をクロスさせるようにペシペシしてくる。
今日も朝4時から起こされて、ボールを投げろと。
ほっといていると足元に回って甘噛みしてくる。
それで投げてやる僕は甘やかしているのか。
どうなんだろう。
もう何年かしたらみみたは老年に差し掛かり、
ボールを求めて走り回ることもなくなるかもしれない。
その時が来ることを思えば、今、深夜早朝にボールを投げるのも嫌なことではない。