鄙びた漁師町を車で通りすぎるときのあの郷愁ってなんだろうか。
皆が感じるものなのだろうか。
車がようやくすれ違うだけの細い道は海岸線に沿ってうねり、
海側はかろうじて壁と屋根があるだけの粗末な小屋が連なる。
ガラスの浮きやボロボロの網がかけられ、時には竿にイカが干してある。
マルフクやオロナミンCの錆び付いた広告。
小さな漁船が隙間なく並んで波間に浮かんでいる。
生臭い潮の匂い。波の音は生活の音に半ばかき消されている。
しかし道を歩く人はほとんど見かけない。
昔ながらの煮しめたような格好をした
ばさまやじさまが杖に支えられながらゆっくり歩くだけ。
道の反対側に立つ家は案外新しくて立派だ。
BSのアンテナが必ず設置されている。
SUVと軽と一台ずつ並ぶ。
そんな家の間に時折、お年寄りがひっそりと暮らしているのだろう、
崩れかけた平屋の家が挟まっている。
物置となった薄暗い部屋のガラスが割れてテープで補修されている。
外れの方に魚市のための空間が用意されている。
四角い大きな建物であったり、柱と屋根だけだったり。
それが昼だと既に人気はなく、
発泡スチロールの空き箱が隅の方に積み上げられている。
他に食品だろうと何でも扱う雑貨屋とお年寄りの衣料品を扱う店があるだけの通りに
小さな寿司屋があるのは観光客目当てか。
大手の酒蔵が営業に来るのだろう、
看板の下の方にどこかで聞いたような酒の名前が記されている。
雑然とした店の中にはカウンターにがたついた椅子、小上がりに四角いテーブルと座布団。
木彫りの熊や大きな将棋の駒なんかが埃をかぶっている。
港の方にもっと大きな店が何軒か競うように立っている。
寿司、海鮮丼、網焼き…
焼きそばやラーメンを出す店もある。
瓶詰のウニであるとか海産物を使った土産物も売っている。
釣り船を出す民宿を兼ねているところもある。
ここで暮らす人たちは大人も子供も丈夫で、言葉が荒い、
だけど商売はそれなり、というイメージがある。
漁師たちは漁に出る。
海は荒れる日もあれば穏やかな日もある。
子供たちはここで育って、ある時、高校なのか大学なのか、この町を出ていく。
町は鄙びたまま、これからもしぶとく生き続けるのだろう。