今日はうるう年か。得したような損したような。
ジーパンの右太腿が破けてトランクスの裾が覗くようになった。
これを履いて会社に行くわけにはいかないなと修理に出すことにした。
そのためにはジーパンを洗濯しなければいけなくて、妻に託して外出した。
帰ってくるなり妻が言うにはかなり大変だったと。
折り返しの部分を開いたら砂や泥や枯れ葉が詰まっていたのが
ばらばらと落ちただけではなく
長年ほったらかしにしていて泥が発酵したのか穴も空いていたという。
男の子は永遠に男の子なのだなと妻は言う。
コロナウィルスがらみではいい話聞かないなと昨日書いたが……
さっき妻から聞いた話。
妻の友人がとあるマラソン大会に出ようとしたところ、中止の連絡が。
でもせっかくだからと本来の開催時刻に一人で走ってみるかと現地に向かってみたら
同じ事を考える人が結構いたようで、
一緒になって走って、走り終えた後に乾杯したと。
私設エイドの人までいたという。
中止になりました、そうですか、で終わらず、それをどう活かすか。
同じことを考えてひと時の仲間になったということ。
いい話だなと思った。
荻窪の床屋を終えて新宿へ。
西新宿で丸の内線を下りて地下街を歩く。
都庁前の辺りは閑散としていて人気がない。
キオスクもたまたまなのか棚卸中の札をかけて閉店していた。
地上に出ると青のウインドブレーカーのようなものを着た
ボランティアスタッフのグループが
都庁の職員と思われる人に先導されて歩いていた。
明日の東京マラソンに向けて、なのだろうか。
ブラタモリを見る。テーマは伊賀。
関ヶ原の戦いを経て、平和な世の中が訪れる。
忍者が必要とされなくなる。
そのとき、目端の利く忍者が何をしたかというと、
秘術を全て書き記した書物を残す。
しかし、例えば水蜘蛛の作り方は書かれていても
その使い方は、一番大事なことは、口伝として書かなかった。
これが後世に残されることで、人々は忍術というものを想像力で補うようになり、
忍者の存在が伝説になっていった。
何事も想像力を働かせるための余白を残しておかないといけない。