コックリさんのこと

小学5年生の夏休み、津軽半島の先にあった母の実家に泊まりに行く。
親戚たち、従兄弟たちが集まっている。
あるとき従姉の部屋にいて何をきっかけとしたのか、コックリさんの話になった。
今の若い人は知らないかもしれない。
 
机の上に五十音表に数字と「はい」「いいえ」「男」「女」そして鳥居のマークを書いた紙を用意、
十円玉を置いて、二人から四人ぐらいで取り囲んで右手の人差し指で押さえる。
そして「コックリさん、コックリさん、おいでください」と呼びかけて質問をすると
十円玉が独りでに文字の上を動いてコックリさんが答えてくれるのだと。
コックリさんとは狐の神様だったと思う。
放課後人気のない教室にいる少女たちが、かっこいい○○君は誰が好きなのか尋ねるとか。
動いた、霊を呼んだ、と騒ぎになることもあって子供は決してやらないようにと禁じられていた。
そうなると逆にこっそりやりたくなるものであって。子供たちは秘密が好きですからね。
日テレの昼の番組で夏休み恒例の『あなたの知らない世界』でも時々取り上げられていたんじゃないか。
 
西洋では同様に「ウイジャボード」と呼ばれるものがあって専用のテーブルで行っていた。
もちろん霊によるのではなく、
参加者のうちの誰かの潜在意識が本人の意識に反して動かすのだとされる。
自分以外の誰かが動かしているという共犯構造に乗じて。
もしかしたら意図的に動かしていてそ知らぬふりをしていた人も大勢いるかもしれない。
 
小さい頃の僕は心霊現象の全てを信じていた。そして恐れていた。
その夜、従姉は言う。
「コックリさんと言ったら、北に向かって三回、
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいと謝らなければいけないんだって。
 でないと祟られるんだって」
僕はその瞬間から心の中で思わず「コックリさん」と呟いて
慌てて「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と謝っていた。
それが六年生が終わるまでの2年間、ずっと続いていた。
心の中に隙間ができると
「コックリさん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 
 コックリさんごめんなさいごめんなさいごめんなさい 
 コックリさんごめんなさいごめんなさいごめんなさい 
 コックリさんごめんなさいごめんなさいごめんなさい 
 コックリさんごめんなさいごめんなさいごめんなさい 
 コックリさんごめんなさいごめんなさいごめんなさい……
 
よく気が狂わなかったと今でも思う。
根拠のない、出所不明な噂のひとつに惑わされただけ。
今検索してみてもそんなの出てこない。
青森の一地域、一時だけの話だったか。
おそらく従姉も覚えていないだろう。
 
このこと自体が、狐につままれた話のように思う。