先週買ったCD #39:2021/07/05-2021/07/11

2021/07/05: www.amazon.co.jp
Olivia Chaney 「Shelter」 \1033
 
2021/07/05: tower.jp
Creedence Clearwater Revival 「Creedence Clearwater Revival」 (\2305)
タワレコのポイントで
 
2021/07/05: tower.jp
Molly Drake 「The Tide's Maginificence」 \8160
 
2021/07/06: www.hmv.co.jp
Souad Massi 「deb (heart broken)」 \2524
 
2021/07/06: www.hmv.co.jp
Laura Mvula 「Laura Mvula with Metropole Orkest.」 (\550)
HMV のポイントで
 
2021/07/06: diskunion.net
Soul Syndicate 「Harvest Uptown」 \2850
 
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Molly Drake 「The Tide's Maginificence」
 
モリー・ドレイクは
イギリスのシンガーソングライター、ニック・ドレイクの母。
1971年の「Pink Moon」など3枚のアルバムを残して26歳で亡くなる。
繊細な、翳りのあるフォーク・ミュージック。
どの音を切り取っても孤独の影と英国的な気品の高さを感じる。
晩年は抗うつ剤を服用して、それが死因になったとされる。
 
その母モリー・ドレイクは
1915年、イギリス統治下のビルマ、ラングーンで生まれ、後にこの地で結婚。
1942年、日本がビルマに侵攻するとデリーに疎開
その時に姉(妹?)と一緒にラジオ番組に出てピアノで歌ったのが
唯一の人前での演奏活動となる。
戦争が終わってラングーンに戻り、
1944年、娘のガブリエル、1948年、息子のニックが生まれる。
1952年にイギリス中部のウォーリックシャー州に移住。
息子や娘たちのために詩を書き、歌を作り、
家に客が来たときにピアノで演奏することはあったものの、
それを発表する意思は全くなかったのだという。
1974年、息子のニックが亡くなり、悲しみに沈んだ日々を長く送る。
1993年、77歳で死去。
その曲作りはニック・ドレイクに多大な影響を与えたと言われる。
娘のガブリエル・ドレイクも女優。
(日本でも放送された『謎の円盤UFO』に出演していたようだ)
 
1950年代、モリー・ドレイクはピアノを弾きながら自作の曲を歌うのを
夫ロドニーが所有していた録音機材であくまでプライベートとして録音していた。
それが2000年、ニック・ドレイクのドキュメンタリー番組を製作中に発見される。
2011年に1枚のCDにまとめられて500枚限定の私家版として発表。
2013年に一般的に発売。
2017年、上記のCDと、2011年には未発表だった7曲を収録した
もう1枚のCDとセットで愛蔵版として
彼女の詩集、家族との写真、自筆の詩や楽譜の写真、
ガブリエル・ドレイクによるエッセイらをまとめた大型本を添えて再発された。
(日本盤はオフィス・サンビーニャが発売、ただし解説はない)
今、2013年版の入手はかなり難しいようだ。
2017年の愛蔵版はまだ入手できた。
 
若い頃、ヨットに乗って冗談でパイプをくわえている写真。
インドのラジオ局に出演したときの写真。
まだ小さいニックを連れて繁華街でショッピングを楽しんでいる写真。
自宅の庭なのだろう、年老いた夫とピクニックを楽しむ晩年の写真。
ごく普通の家庭の、ごく普通の写真。
 
CDをトレイに乗せてその歌声を聞く。
ピアノを弾きながら歌う。
上品にして素朴な、アイボリーホワイトの声とピアノ。
1曲1分から2分と短く、19曲で38分弱。
わかりやすい起伏もなく、淡々と綴られる。
なのになんだろう、この心洗われる感覚は。
ここまで純度の高い音楽はこの時代、そうそう聞けるものではない。
人に聞かせるつもりはなく、ましてや売るつもりもなかったのだから
当然と言えば当然。
そんな個人的なテープは古今東西、山のように生まれたことだろう。
しかしこの高みにまで至ったのはほぼ皆無なんじゃないかと思う。
子供たちに聞かせるためにつくったがゆえか、シンプルなのに奥深い。
大人向けの子守歌のように聞こえる。
 
ニック・ドレイクの母が伝説の……、死後発見された…… と
名前は何となく知ってはいたんだけど、
改めて認識したのは先日購入した渡辺亨監修の
『女性シンガー・ソングライターの系譜』の冒頭で
同様に<素人>だったシビル・ベイヤーが
取り上げられているところから思い出した。
このディスクガイドでももちろん、
モリー・ドレイクのアルバムは紹介されている。
 
女性シンガー・ソングライターの流れに置くと
モリー・ドレイクはその源泉にして孤高。
極北とすら言ってもいいかもしれない。
しかしそれはジョニ・ミッチェルローラ・ニーロといった
女性シンガーソングライターに憧れて歌い始めたのではなく、
そういった先達、ロールモデルなしに
身の回りにあった<音楽>そのものに
自然と身を委ねたがための純粋無垢なのだろう。
 
ニック・ドレイクは残されたテープをもとに後に編集されたアルバム
「Family Tree」にて母、モリー・ドレイクの曲を2曲歌っている。
 
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Creedence Clearwater Revival 「Creedence Clearwater Revival」
 
青森のローカルCMでも ”Up Around The Bend” が使われていたり、
洋楽の懐メロというとテレビで ”Have You Ever Seen The Rain?” が流れたりと
小さい頃から Creedence Clearwater Revival の曲のいくつかはよく聞いていた。
でも中学生、高校生にはその魅力が身に染みるわけがなく。
サンフランシスコ出身のバンドが南部のスワンプロックをやる意味も理解できず。
土臭いオヤジバンドとずっと思っていた。
よくあるように、この手のバンドは40過ぎてしっくりくるようになった。
InterFM『Lazy Sunday』でジョージさんがよくかけてて、リクエストも多い。
Radiko から流れてくると僕もうれしくなる。
ああ、やっぱいいよなあと我を忘れて聞いてしまう。
 
大学時代に買ったベストアルバムを1枚持っていただけ。
有名な曲ばかり、いい曲ばかりなのに、しかしピンとこない。
数年前にボーナストラック入りの40周年記念エディションで再発されたときに
2作目「Bayou Country」3作目「Green River」(ともに1969年)と聞いてみて
あ、このバンドはアルバム単位で聞き込むべきなんだなと今更ながらわかった。
最近になって他のアルバムも集め始めた。
 
4作目「Willy and the Poor Boys」が1969年でこの年、アルバムが3枚。
5作目「Cosmo's Factory」と6作目「Pendulum」が1970年。
遡って今回入手した1作目のセルフタイトルが1968年。
もう1作1972年に出してあっさり解散しているのでデビューしてから意外と短かった。
この頃のバンドは、特に1960年代半ばまでは、
ビートルズのように1年に何枚もアルバムを出すのが普通とは言え、
CCR は太く短く燃え尽きたのだな。潔い。
 
5作目まではどれも甲乙つけがたい。
(”Have You Ever Seen The Rain?” は6作目だけど)
彼らはカントリー、ブルース、スワンプに影響された土煙渦巻くロックを
徐々に深化と洗練、一見真逆の方向を同時に突き進めていった。
ガツンと腹に響くが、胃もたれしないロック。
一方で、”Proud Mary” や ”Bad Moon Rising” といった1969年のシングル曲は
全米2位を獲得するように、大衆性も獲得していた。
ヴォーカルのジョン・フォガティのソングライティングには稀有なものがあった。
(”Bad Moon Rising”は後に Sonic Youth がアルバムタイトルに援用)
マーク・トウェインの主人公たちが大人になってロックをやるとしたら、
こういう感じになるかもしれない。
 
今回改めて聞いてみた1作目はその深化と洗練がなく、荒削りな原石。
これがまたたまらない。
冒頭のスクリーミン・ジェイ・ホーキンスのカバー ”I Put A Spell On You” からし
泥沼にはまり込むようにしてズブズブのシャウト。
こんなふうに最初の一球から
自分たちのブルースの何たるかを表現できたグループがあったんだ、と
今の耳で聞いてとても驚く。
もう一枚のシングル曲 ”Susie Q” も彼らの名刺代わりの一曲ですね。
こちらも情念たっぷりにうねりまくる。
調べてみるとジョン・フォガティは1945年生まれでこのとき、23歳!?
それでこの声か。
 
ギターはジョンなのか兄のトムなのかわからないけど、
ギターソロがぶっきらぼうでミストーンすれすれの際どいところを狙っている。
このイキがった若さもたまらない。
この辺りのガレージパンクとしての CCR が後のバンド、
例えば Mudhoney に影響を与えているんだろうな。
(彼らの前身は Green River という名前で、後に Pearl Jam に分裂している)
 
40周年記念エディションではいくつかライヴ音源を足してるんだけど、
ここでは ”Susie Q”が10分を超える長尺に。1969年の録音で、
うまくなっている、というよりバンドとしてたくましくなっている。
彼らの深化と洗練がよくわかる。
 
ちなみに。
クリーデンスはメンバー共通の友人の名前、
クリアウォーターはビールの名前から付けられたようだ。