小野不由美『鬼談百景』を読んでいる。
恐らく、創作ではなく実話怪談であって
『残穢』に出てきた、読者から寄せられた体験談をまとめたものなんじゃないかと思う。
小学校の校舎で起こる話が多い。
それで思い出した話。
小学校3年生か、4年生か。
新しい校舎ができたばかりで、古い木造の校舎が渡り廊下でつながっていた。
取り壊してグラウンドになるという。
2学期のある日、担任の女性の先生が何かの時に話した。
夏休みの間は毎日、先生が一人ずつ交代で当番として職員室に来ていたのだという。
しかし、来たところですることがあるわけではない。
(大人になった今思うと、急ぎじゃない報告資料や計画書の作成があったんじゃないか)
担任の先生は、そうだ、と旧校舎へ。
教室に残された備品は好きに持ち帰って、新しい教室で使っていいと聞いていたので
どこかに小さな本棚があったら持って行こうと考えた。
1学期までは僕らも旧校舎で授業を受けていた。
僕らも肝試しと称して2学期に入ってこっそり忍び込んだことがあったが、
誰も使うことのなくなった教室や廊下は急速に年老いたように感じられた。
ただでさえ古めかしかったのが、さらに何十年も経ったかのようだった。
薄暗く、ひっそりとしていて、僕らのような子供を拒むような雰囲気があった。
先生は一人で廊下を歩いて教室を見て回った。
一階の教室で目当ての本棚を見つけ、持って帰ろうとしたとき、
二階に足音が聞こえた。
え? 誰? 他の先生は登校日ではないのに。
いつのまに二階へ?
子どもたちの走り回る賑やかな音ではなく、
大人がゆっくりと、ものすごくゆっくりと、
目的をもってどこかに向かっているような足音だったという。
80年代前半のこと。
鍵がないと建物に入れない、というわけではなく
扉を開けさえすれば、近隣の人は誰でもその気になれば侵入することができた。
かといってあえてそれをしなければならない理由がない。
金目のものが残っていることもない。
あるなら、取り壊すと聞いて懐かしくなってふと入ってみた、ぐらいか。
それでも常識ある大人ならば受付で誰かを呼び出して一言、許可を取るだろう。
上の足音が変わらず続いていた。
先生は本棚を抱えて、慌てて新校舎に戻った。
ただそれだけの話なんだけど、想像してみるとなんだか怖い。
ものすごく怖い出来事ではなく、
案外身の回りですぐにも起きそうなこと、というのが怖い。