『岸和田少年愚連隊』『パッチギ!』

妻が見てみたいというので借りてきて、、
先週の日曜『岸和田少年愚連隊』を、今日の夜『パッチギ!』を見た。
びっくりした。そして悔やんだ。
俺は何でこんな面白い映画を見逃していたのだろうと。
正直、全く期待していなかった。
井筒監督って言うと深夜番組のけったいなおっさんというイメージで。
 
もう理屈抜きで面白い。
岸和田少年愚連隊』なんてストーリーらしいストーリーはなく、
ただ喧嘩に明け暮れているだけ。
なのになんだこの圧倒的な存在感は。
しかもほとんどの登場人物がナイナイの二人を初めとする吉本の芸人で素人。
(ちなみに山本太郎宮迫博之という2019年夏を代表するふたりが出演している)
 
なのに素人っぽさがみじんも感じられず、セリフ回しも違和感がない。
これって演じ手の魅力を最大限に引き出しているからか。
奇跡というか、この時この場でしか撮れない映画を撮るという
稀有な才能があるんだろうな。
 
パッチギ!』も大半が喧嘩のシーンなんだけど
主人公が「イムジン河」という歌に出会い、
クライマックスに歌うという流れがあってよくできている。
こちらもまた役者たちが塩谷瞬沢尻エリカ高岡蒼佑と適材適所。
在日朝鮮人と分かり合えるのかという永遠の問題にも
自らのスタンスを出すことで
岸和田少年愚連隊』と比べて格段に奥行きが生まれている。
 
映画の中心に歌がある、というのが強い。
イムジン河」に全てが集約されているだけではなく、
オダギリ・ジョーの歌う「悲しくてやりきれない」も
映画にスッと寄り添っていた。
音楽はフォーク・クルセダーズ加藤和彦が担当してるんですよね。
 
とりあえず妻とは、もう一度見ようと。

海の向こうで戦争が始まる

昨日の韓国が「GSOMIA」を破棄というニュース。
(日韓防衛当局間で軍事機密のやりとりを可能にする軍事情報包括保護協定とのこと)
 
ああ、こんなふうにして
案外、来年の今頃は日本と韓国とが戦争が交戦状態にあって
阿部首相がかつて言ったところの「わが軍」が戦地に赴いている、
日本か韓国かその間のどこかで死んでいく、
そんな光景を僕らはネットニュースやテレビで眺めながら暮らしている、
そうなってもおかしくはないな……、と思った。
 
この世界の片隅に』であれ、どんな戦争映画でもそうだが、
戦争というものは何もないところからいきなり突然始まるのではなく、
日々少しずつ少しずつ気が付かないぐらいのスピードで状況が悪化していって、
後戻りできなくなる決定的なポイントに差し掛かっても
その時にはわからないまま。
そこを過ぎてしまうとあとは一気に下り坂を転げ落ちていく。
 
今、そういう悪化をひとつひとつ積み重ねていってるんだなと。
数週間前、日本が韓国を貿易上の優遇対象国のリストから外したとか、
いや、それ以前に数年前から
韓国に対するヘイトスピーチを白昼公然と駅前で行う団体が増えたなとか。
僕ら自身の多くはおそらく韓国や韓国人に対してなんらネガティブな感情を抱いていない。
ヘイトスピーチを僕らの日常の「例外」と捉え、
今回のような政府間の攻防をブラウザやテレビの向こうの出来事のように思う。
そのうちに、取り返しのつかないことになってしまう。
サイレントマジョリティーはただ巻き込まれるだけ。
 
どうにかできないものか。
今、世界的に「○○が気に入らない」「○○を排斥しろ」という
極端な意見ばかりが注目され、
サイレントマジョリティーがそこに与することはない一方で
同調するごく一部の極端なコメントが群がっていき、
ひとつの流れを形成していく。
下手に関わると痛い目に会うから僕も含めて皆、見てみぬふりをする。
戦争が始まったとき、僕らはそこに責任を、その痛みを感じるだろうか。
ただ、何もできなかったという徒労感だけが残るのか。
 
来年の今頃、どうなっているだろう。
誰が流れを変えてくれるのだろう。
待っているだけだと、戦争が始まってしまう。

水平方向のエレベーター

エレベーターが垂直ではなく、水平方向に発展した社会というものを想像する。
A地点からB地点までのまっすぐなシャフトが地上や地下に張り巡らされ、乗客が乗り降りする。
必然的に都市は碁盤の目のようになる。
具体的にはビルとビルの間を結ぶ、という感じか。
あるいは巨大なビルの中であるとか。
中東・アジアの急成長する都市のオフィスビルとかそういうのあってもよさそうだけど。
一方向にのみ敷設するならいいけど、縦横に交差するとなると
縦ラインが停止しているところにもう一台が横ラインから来たりして待ったりするのがやっかいか。
 
その代わりに鉄道やモノレールの類は発展しない。
というか、発明されなかった、という世界を考えてみる。
エレベーターが考案され、実用化されたときに
これだ! これは水平方向も行けるのでは、と考えた人が20世紀の初めにいて、
しかもかなりの権力者、ないしは、大富豪だったりしたら。
シムシティのように自分の支配する町をつくり、そこに水平エレベーターを敷設する。
それを見た世界中の人が真似る。
 
やがて都市の中だけではなく、都市と都市の間をつなげないかと考えることになる。
シャフトの延長工事を続け、数年の後に完成する。
途中で曲がってはいけないし、傾斜があってもいけない。
果てしなく続く一本道となる。
成功の暁には海底にも敷設できないか、という話にまで広がる。
 
エレベーターは基本小さな空間であるため大量の人員を一度に運ぶことができない。
よって一本のシャフトの中を一台のみ行き来するのではなく、複数台が常に移動することになる。
そうなると一本の中で行ったり来たりの往復はできなくて、
上り方向でシャフトが一本、下り方向でシャフトが一本となり並行することになる。
この間をゆるやかなカーブでつなぐ。
Uの字型とそれをひっくり返したのがつながって、陸上競技場のトラックのような形になる。
この間をぐるぐると回る。
(そうなると前後から引っ張って動かすのが無理となってリニアモーターカーの原理を応用。
 この際、鉄道が発達しなかったことは置いておく)
 
そのうちにこれら個別に動かすのではなく全部連結したらいいのではないか、というアイデアが出てくる。
しかも空間としても区切らずに一連なりとする。通路そのものが循環するというような。
急ぐならばその中を歩いて行ってもいいし、目的の個所に差し掛かるのを待っていてもいい。
 
となると、最終形態はどうなるか。
複雑化したものは極めると単純化を求める。
そもそも屋根や壁は不要ではないか。通路の床そのものが動けばよいのではないか。
その方が乗り降りの自由度が増す。
ということで「動く歩道」が発明されるだろう。
屋外ならば屋根付きの。
 
話変わって。
エスカレーターと動く歩道を組み合わせて巨大な建物というか迷路の中を縦横無尽に進んでいく、
ドミノ倒しのドミノになったかのような感覚を体験できるアトラクションがあったら面白そうだな、と思う。
ジェットコースターのようなスリルは求めず、風景が変わっていくような。
走ったら危険じゃないかといった安全性の問題があるので、
椅子に座ってベルトで固定して、となると興ざめだけど。

広島遠征

今年のドリカム遠征は広島へ。来月9月の前半の方の3連休。
チケットが当たって春先にホテルを申し込むときには
今年も広島が独走して優勝まっしぐら、
マジックナンバーも残り1とか2とかでホテルはどこも取れなくて
町は大賑わいなんじゃないか、
優勝が決まった直後なら町中でビールかけやってんじゃないか、
広島焼きが乱れ飛んでるんじゃないか、と思っていたのであるが…
5月の、球団新記録となる異常なまでの勝ち数を見ていた時までは。
その後の交流戦での急ブレーキを経て、なんかまあ比較的静かになってそうな。
それはそれで寂しいことだけど。
 
本格的に広島を訪れるのはこれが初めて。
6年前に倉敷、尾道生口島を訪れて、かすめたことはあっても。
2泊3日で、初日はドリカムの夕べ。
2日目は広島市で過ごすか、厳島神社まで足を延ばしてみるか。
原爆ドーム平和記念公園は訪れるべきだし、どうするか。
広島の町は川辺におしゃれなカフェもできてるというし。
 
そういえば会社の先輩が毎年、
東広島の「酒まつり」に行ってるなということを思い出す。
相当な規模で開催されているという。
見てみたら全国から1,000銘柄集まると。
しかし残念ながら全然時期が合わず。
いや、その方がよかったか…
途中で記憶をなくして、東京まで生きて帰れる気がしない。
 
食べたいのは広島焼きと牡蠣は外せないとして、
聞いた話ではB級グルメとして「ホルモン天ぷら」なるものがあるという。
これ、ビールに合うだろうな。いくつかの店で提供しているようだ。
あと、可能なら食べてみたいのが呉が海軍の町ということで海軍カレー
この世界の片隅に』を観たこともあって行ってみたいけど、
さすがに今回は行けないな。
 
そうだ、オタフクソースの工場見学があるみたいで。
しかし、予約を見てみたら年内は土日の予約がいっぱいみたい。残念。
いや、そもそも土日やってないんだな。
近隣の小学校、中学校は社会科見学で必ず訪れるんだろうなあ。
子供向けにお好み焼き教室もある。
なんにしても広島限定のオタフクソースがあったらお土産にあれこれ買っちゃいそう。

ルールとメッセージ

以前、物語の読者が物語に求めるものは
魅力的な「世界観」(ワールドモデル)とその中を生きる「キャラクター」に尽きるんじゃないか、
一方で「ストーリー」は奇抜なものよりも馴染みのある類型に沿ったほうが落ち着く、
ということを書いた。
世界観には作品全体として覆うもの(ナレーターや作者の視点の世界観)と、
個々のキャラクターの世界観とがあるということも書いた。
 
言ってみればルールですよね。許可と禁止で考えるとわかりやすい。
そこでは一般的に人というものは、あるいは主人公その人は、
何を求めてはいけないのか。何を求めることを許されているか。
そしてそのルールに対してどう抗うのか。
そこにこそ無言の「メッセージ」が込められているのではないか。
どの映画であれ、高倉健演じる主人公を思い浮かべるとわかりやすいと思う。
 
物語にどういうメッセージを込めるか、必要なのか、ということが議論となる。
自分にはこの社会に対して訴えかけたいことはないのだと。
しかしメッセージというのは社会的なもの、
例えば極端な階級構造の是正といったものに限らない。
主要な登場人物たちが何を求めてぶつかり合うのか、
誰が最終的に欲しいものを得て、誰が失うのか。
その全体的な構図を否定的に捉えるのか肯定的に捉えるのか。
それこそがメッセージとなる。
つまるところ、メッセージは「セリフ」ではない。
(もちろん多くの場合は主張な登場人物の心情の吐露といった形で表されるが)
 
しかしこれが単なる個人間の利害関係の一致に過ぎなくなったら薄っぺらくなるので、
社会的な背景との関係性においてどうなのか、その物語世界においてどうなのか、
というところが必要とされる。
 
佐伯一麦私小説『還れぬ家』を読んでそんなことを考えた。
高校卒業に前後して家を飛び出した主人公は
電気工事の職に就きながらの最初の結婚が破綻、今は再婚している。
これまで関りを極力避けてきたが、父が認知症を患い、
折り合いの悪かった母がしきりに頼るようになってきた。
その日々が淡々と綴られる。
それがかなり進んだところで突然、東日本大震災が起きて生活は一変、
全てがなぎ倒されるようでいて、主人公の語りは父の最期を看取る日々を重ねていく。
 
新潮文庫の解説でロバート・キャンベルも書いているが、
佐伯一麦は「帰る」という言葉を使わない。「生家を訪れる」といった表現となる。
このたったひとつのルール(いや、実際には他にも無数にあるんだけど)の
自分にとっての意味、社会にとっての意味をとことん掘り下げていくことで、
そしてそれが一切ぶれないことで、長大にしてゆるぎない物語を生む。
そういうことなんだなと。
 
自分には○○ができない、あの人はしたくても○○ができないということが、
物語を生むきっかけになるということ。

08/14-08/18

08/14(水)
 
昨晩は鑑定団を見て、22時には布団へ。22時半には寝た。
雨が少し降ったように思うが、蒸し暑かった。
 
7時出社。
今日もまたオフィスの近くのセブンイレブン赤いきつね焼うどんのでか盛を買いに行く。
まだ在庫がある。
再度外に出てペットシッター代を振り込みに行こうとしたら、大雨。
この日降ったりやんだり。台風10号の影響か。
 
昼休みを返上して、とある課題について関係者20人近く集まっての打ち合わせ。
元凶は僕だが、仕切りきれずに他のシステム・他の部門の方が見るに見かねて仕切ってくれたという。
針のむしろ。
終わって13時から弁当。
熊本工対関東一校の試合。妻が見ていたが惜しくもの負けた。
 
19時まで残業。
妻が夏休みなので弁当のおかずと夕飯をつくってくれる。
弁当のおかずは生姜焼き。
夕飯は天ぷら。白ゴーヤ、ズッキーニ、オクラ、カボチャ、アスパラ、ピーマン、海老など。
揚げた端からつまみ食いするのですぐ腹いっぱいになった。
残りは明後日の弁当に持っていく。
『街録』を見て寝る。
夜も雨が降ったりやんだり。
 
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08/15(木)
 
台風10号の影響で甲子園は順延。
 
朝目が覚めるとみみたが枕もとで寝ている。
寝返りを打とうとして踏みつけるところだった。
5時半に起きて、スコールのような雨。
7時出社。
 
午後のレビューで要件定義で決まったはずの内容が認識が違うと。
データモデルの根幹にかかわる箇所で巻き戻しとなる。
こういうのいつかは来るだろうと思っていたが、やはり来た。
まだ早めに見つかってよかったかもしれない。
この日はその検討で終わる。
 
19時前にオフィスを出て神保町へ。
「おさんぽ神保町」の取材で「terrA 神保町てら」という新しくできたばかりの店へ。
「Bilbi」の跡地。その間のパンバル「PANKU」の取材もしている。
料理も日本酒もおいしく、ついつい長居。
いつものSさんだけではなく、その飲み友達のKさんも終盤合流。
神保町のことを聞くうちにいつしか太平洋戦争の話へ。
いろいろとここには書けない興味深い話を伺った。
気が付いたら22時半。
 
帰ってきて午前0時。
昨晩の天ぷらを詰めて弁当を。
0時半には寝る。
 
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08/16(金)
 
昨晩は風が強く、今朝もまた。小雨も降ったりやんだり。
 
5時に目を覚ました時に何かがピーピー鳴っている。
目覚ましが鳴って起き上がるとガスコンロがつけっぱなし。
昨晩妻が帰ってきて弁当をつくるというのを、いいよ、自分でやるよと天ぷらを詰めてたりしたら、
せめて茹で卵はつくるよと。その後洗濯物を取り込んだりしているうちに疲れて寝落ち。
最新のガスコンロなのでセンサーがついていて、しばらく動きがないと火が消えるようになっている。
水が蒸発して空になった鍋が乗っていた。昔のガスコロンならば火事になっていた。
 
7時出社で資料を作って昼前に打ち合わせ。
方針は固まったが、巻き戻りのインパクトはあり。
昼を食べて、昼寝。
厄介な話が次から次に。
夕方進捗報告の打合せ。
まあいいかと定時で帰る。
光星学院の試合を一球速報で見る。
これは楽勝かなと思いきや途中で追いつかれ同点。
家に帰った頃には8階。サヨナラ勝ちになったところ、見ることができた。
 
新宿の DiskUnion で取り置きの久保田麻琴と夕焼け楽団のアルバムを買う。
チコちゃん。妻が枝豆を茹でて、ズッキーニをベーコンで巻いたのをつまみに。
新日本風土記はなし。眠かったので寝て過ごす。
猫歩きはアイスランド。後半やはり眠くて布団へ。
おんな酒場放浪記。
タモリ倶楽部まで時間があって逆転人生を。
Apple に訴訟で買った発明家の話。見逃していた。
タモリ倶楽部小学館の『幼稚園』の付録一筋の方。
「金曜日のどっち」はこれまでの未発表トーク集。
本編よりもこちらの方が面白い。
午前2時に寝る。
 
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08/17(土)
 
妻がなつぞらを見るために7時半に目が覚める。眠い。
大草原の小さな家。「あらいぐま見つけた」というかわいらしいタイトルと裏腹に、
狂犬病のあらいぐまに立ち向かうお父さんは『ランボー怒りのアフガン』のようであり、
ローラがあらいぐまに噛まれて発症するかどうか見守るところは
和製ホラー映画の古典『震える舌』のようでもあり。
なにげに神回だった。脚本がよくできていた。
なしを剥いて食べ、赤いきつねの焼きうどん
 
後輩ちゃんから弘前の嶽きみが届く。
みみたを動物病院に連れて行く。
真夏だからか待合室はガラガラ、先生も近くのコンビニに自転車で買い物。
すぐ診てもらえる。
血液検査の結果、肝臓の数値は少し下がっただけ。
危険な値ではないし、食欲も変わらないのでしばらく様子を見ましょうと。
帰ってきて、コバエが発生していたので猫草がまだ生えているのを土ごと捨てる。
土を入れ替える。
 
車で池袋に出かける。
ISP の駐車場に停めて、西武百貨店へ。
寝具やタオルの売り場。
帰りに地下の総菜コーナーで巻き寿司と唐揚げを買う。
帰り道、車線変更に失敗して左折できず。
ナビは露地をぐるっと回って引き返せと言う。
車一台通り抜けられるかどうかの通りをそろそろとゆく。
もうすぐ道路に出ると思った瞬間、ドカッと。
電柱にこすってしまった…
助手席に座っていて目の前にあったはずが、少し先を歩いている人に気を取られていた。
妻がかなり落ち込む。
 
やまやに寄っていく。
下りて見てみたらボディがかなりへこんでいた。
ペットボトルの水や缶ビールを買って帰る。
家に着いて妻は保険会社に電話。
僕は自転車に乗ってライフに食材を買いに行く。
18時からイタリア。
19時から『ENGEI グランドスラム』23時まで。
夜は買ってきた巻き寿司と唐揚げ。
妻の作ったゴーヤと豆腐のサラダ。
お笑い向上委員会を見て寝る。
 
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08/18(日)
 
8時起きで甲子園。
八戸光星学院対明石商業。勝てるかなと思ったんだけど。
2回までに6点を取られて、後半追いつく。
しかしそこから先、2塁3塁に進むことができても追加点が出ない。
結局7-6で負けた。
どちらもエースを後半まで温存。
明石商業のエースが登板する前に勝ち越しておきたがったが…
 
なしを剥いて食べる。嶽きみを茹でる。
洗濯物を外に干そうとすると灼熱の日差し。その分すぐ乾く。
Lazy Sunday を聞きながら常備菜のきんぴらごぼう
ブロッコリーを茹で、インゲンの胡麻和え。
昼は大盛りいか焼きそば。
Lazy Sunday にヤン富田が出ていた。
 
16時、車に乗って島忠へ。
猫草用の砂、カリカリ、その他生活用品を買う。
帰ってきて笑点。円楽は入院で休み。
モヤモヤさまぁ~ず2は北新宿・東中野
4代目アシスタント登場。新人アナ
一見礼儀正しいようでいて、最近の若者っぽくどこか生意気そう。
いい感じに育つと思われる。
 
風呂を沸かして入る。
いだてんを見ながら食事をつくる。
オクラをゆでる。先日の天ぷらもそうだったが、筋張っていて半分ぐらい食べられなかった。
ご近所の方から頂いたゴーヤがあって、ゴーヤチャンプルーをつくる。
妻が井筒監督の映画が見たいと、TSUTAYA DISCAS から借りた『パッチギ!』が
最初の方で映像が飛びまくって見られず。
じゃあと『岸和田少年愚連隊』にしたら、最後の最後に飛んで停止…
問い合わせする。
それはそうとナイナイが主演というのはなんとなく覚えていたけど、
あの頃の吉本の若手大集合ということで準主役で宮迫も出ていた。
だけでなく、山本太郎も。
すごいな。2019年夏の今、セリフのひとつひとつが感慨深い。
ストーリーはあってないようなもので、それでも勢いで押しまくって意味もなく面白い。
 
『Song To Soul』はシンディ・ローパー「Girls Just Want To Have Fun」
本人も出演していたけど、陰の主役が The Hooters で。
なんだか感慨深かった。
午前0時に寝る。

永遠の夏休み

夜は仏壇のある部屋の隣の応接室に布団を敷いて、遊び疲れて雑魚寝。
縁側のガラス戸は閉めていたか。池の鯉がポチャンという音を時々立てる。
時折車が通り過ぎていく。ヘッドライトが射しこんで通り抜ける。
蚊取り線香の匂い。それでも飛び込んでくるのが一匹、二匹。
誰かがぴしゃりと腕を叩く。
床の間に飾っている鷹のはく製が真夜中、動き出さないかが気になる。
その内に寝付いてしまう。
 
6時前。最初に起きるのは誰か。
既に叔母たちが台所仕事で忙しくしている。
従姉がラジオ体操に行くというのでついていく。
近くの神社の境内だったか。
帰ってきてズームイン朝を見ながら朝食。
ご飯と海苔と納豆と味噌汁。
 
蝉がうるさいぐらい鳴いていて、虫かごと網を手に畑の側を歩いて裏庭へ。
網を振るだけで蝉が取れる。すぐにも虫かごがいっぱいになる。
戻って来て網戸に蝉を貼り付ける。びっしりと蝉、蝉、蝉。
 
テレビでは甲子園。
あの頃の青森は、青森だけではなく東北地方は弱かったな。
光星学院聖光学院仙台育英も強豪校ではなかった。
脇水で冷やしたスイカを切るので持ってきてくれと言われる。
トマトも冷やしている。
年上の従姉が台所でアジシオをかけてトマトを丸かじりする。
イカを運ぶとまな板の上で割って外で食べる。
種はその辺にプッと飛ばす。
 
昼前に近くの店にアイスを買いに行く。
野菜も野菜の種も肉も模型飛行機も何でも売ってるような店。
暑いのに店まで走って競争する。
入口を開けるとピンポーンと鳴る。
ケースを開ける。一人一個と決まっていてわれ先に選ぶ。
棒に刺したラムネのアイスか。カップに入った宇治金時か。
帰ってきてテレビの前で食べる。扇風機の前が特等席になる。
 
休みの日で昼まで寝ていた叔父が起きてきて安い焼酎を飲む。
甲子園を見ながら、一日中寝るまでずっと飲んでいる。
店に行って買ってこいとポケットから取り出した千円札を何枚か渡され、
お釣りで花火を買えと。
また店に買いに行く。「純」とか「SUN」とかそういう大きなボトルを。
花火を選ぶ。手に持つのだけで一番数が入っているのにするか、
半分ぐらいのサイズのにして、代わりにドラゴンをいくつかとするか。
 
帰ってくると昼はカレーをつくってあるという。
朝からくたくたになるまで遊び回って、走り回って、
イカを食べてアイスを食べて。
それでもまだ半日しか経っていない。
 
あの頃は一日が長かったな。
星空の下での花火を楽しみにしながら
午後は川に出たり、村はずれの方に行ったり。
蚊に刺されまくって、ムヒを塗って、また遊びに出かける。
叔父がまだ酒を飲んでいなかったら海に連れて行ってくれることもあるだろう。
夏休みは永遠で、子ども時代も永遠に続くようになんとなく思っていた。
80年代前半、40年近く前のこと。
夏はそんなに暑くはなく、衛星放送のアンテナもなかった。
魚を売る行商のトラックが時々来ていた。
水はどこで飲んでもきれいだった。
今はもう多くのものが失われてしまっている。
その記憶もどんどん色褪せていく。
当たり前の日々だったから写真一つ残っていない。
そんな、永遠の夏休み。