先週買ったCD #83:2022/05/09-2022/05/15

2022/05/10: www.amazon.co.jp
The Charlatans 「Tellin' Stories Anniversary Edition」 \1922
 
2022/05/10: diskunion.net
John Hiatt 「Bring The Family」 \3500
Coil 「Astral Disaster」 \2800
Coil 「Astral Disaster Sessions」 \1800
House of Love 「Live at the BBC」 \680
 
2022/05/11: www.hmv.co.jp
The Devil Dogs 「Devil's Hits」 \770
 
2022/05/13: diskunion.net
忌野清志郎 「Wanted」 \5250
 
2022/05/14: diskunion.net
Charlie Hunter 「Natty Dread」 \480
Simply Red 「New Flame」 \1200
 
2022/05/15: diskunion.net
fishmans 「New Yankee's Holiday」 \2450
fishmans 「Orange」 \2250
 
2022/05/15: www.amazon.co.jp
Toshio Matsuura Group 「Loveplaydance」 \575
 
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忌野清志郎 「Wanted」
 
日本を代表するロックミュージシャンは誰か、と問われたら迷わず忌野清志郎と答える。
僕に限らずそんな人は多いと思う。
フジロックでの矢野顕子との共演やチベタンフリーダムでブルーハーツの梶くんと。
何度かそのステージを見た。
見ることができてよかった。何ともかっこいい大人だった。
僕にとって憧れの大人像は忌野清志郎ということになる。
 
あのときのフジロックはグリーンステージ。
前から2番目で見ていたらキヨシローがピックを投げた。
それが足元に落ちた。
え!? と驚いているうちに隣に立っていた女の子がサッとつかんでしまった。
あれは一生の不覚。
 
ロックに興味を持った頃、RCサクセションというやばい存在があることをうっすらと知る。
しかし他の売れてるロックバンドと違って
ベストテンとかトップテンとか音楽番組に出るわけではない。
なんだろ、なんだろ、と思っているうちに1988年の「Covers」発売中止事件。
”ラヴ・ミー・テンダー” という曲で原発反対を歌って賛否両論、大騒動が起こっていた。
すったもんだのあげくインディーズで発売されると今度は
The Timers という覆面バンドが現れ、全国の学園祭にゲリラ出演。
フラストレーションの掃き溜めのようなライヴを行っていると雑誌を読んで知る。
日本は、日本のロック界は、腐ってると。
その一方でThe Monkees のカバー”Daydream Believer” のシングルを出すと
かわいらしいエバーグリーンなポップスでヒットした。
僕も最初に聞いたのは中学校の友人から数百円で買った The Timers のアルバムだった。
(21世紀の今、The Timers のイラついた雰囲気は写真でしか残らず、
 ”Daydream Believer” の楽曲のイメージで覆われていることを思うと隔世の感がある)
 
以来RCサクセションと、忌野清志郎の音楽と共にあった。聞き続けた。
”スローバラード”は日本ロック史上最高の歌詞だし、
”雨上がりの夜空に”はカラオケの最後に必ず歌いたい。
カラオケと言えばその時々のあれこれを
”いい事ばかりはありゃしない”の替え歌でよく歌っていた。
忌野清志郎画報 生卵』も『瀕死の双六問屋 完全版』も『十年ゴム消し』も読んだ。
亡くなられた後の追悼本を rockin'on が出したのも
ミュージック・マガジンが出したのもどちらもすぐ買って読んだ。
こんなに早く亡くなられるとは思わなかった。
自転車に乗って全国を旅して歌って回る、素敵なおじいちゃんになるのだと思っていた。
 
「WANTED」は2009年に亡くなる直前、2008年の暮れに発表されたライヴアルバムとなる。
2004年の「King」のツアーの最終日、渋谷公会堂で収録。
 
RCサクセションのライヴアルバムは
「King of Live」(1983)であったり、「the Tears of a Clown」(1986)であったり、
それこそ変則的だけど「Rhapsody」(1980)があったりと代表作がすぐ思い浮かぶ。
しかしソロだと、生前にも何枚も出しているのにこれ、という決定打が出てこない。
Booker T. & THE MG's とやった「Have Mercy!」はバックが大御所の外国人だし、
The Timers 「復活!! The Timers」や「不死身のタイマーズ」(それぞれ1995)は
ソロというよりもひとつの個性をもったバンドのライヴ。
中井戸麗一との「Glad All Over」は別格で素晴らしすぎるけど、
やはりソロというより二人の作品という位置づけになる。
なかなか純然たるソロで、というのが出てこない。
 
そんな中、この「Wanted」がそうだったんだなと。
1990年代前半の忌野清志郎 & 2・3'S
後半の忌野清志郎 Little Screaming Revue
2000年頃のラフィータフィーといった試行錯誤を経て、
忌野清志郎名義でのソロアルバムに戻った2003年の「King」
以後、「God」(2005)「夢助」(2008)と充実した作品が続く。
 
バンマスには頼れる相棒、三宅伸治
梅津和時らのホーン隊を従えてタイトで無駄のない、それでいて余裕のある、
あくまでボスを引き立てる演奏をつける。
曲目も”トランジスタ・ラジオ”や”君が僕を知ってる” ”Drive My Car” と
RCサクセション時代の往年の名曲に
(もちろん”雨上がりの夜空に”も ”スローバラード”も)
ソロの代表曲のひとつ ”世界中の人に自慢したいよ”
「King」からも”Baby 何もかも” ”Wanted” ”胸が張り裂けそう” ”約束”など。
その時点での忌野清志郎を伝えるベストセレクション。
 
冒頭の『King』コールや
”Baby 何もかも”での『愛し合ってるかい』のコール&レスポンス、
”胸が張り裂けそう”のエッチでおバカな寸劇など
ライヴならではのお楽しみもある。
 
残念なことにこのアルバム、今は入手困難で。
やはり amazon では1万近く。
僕は DiskUnion で中古が出るのを待って、それでも定価より高い5,250円で。
RCサクセション忌野清志郎は未発表のライヴアルバムなど
いろんなアイテムが今も発表され続けてるんだけど、
こういった名作が普通に買えるようにもしてほしい。
 
忌野清志郎のソロで何か一つ最初に聞くなら
このライヴアルバムじゃないかなと僕は思う。

身辺雑記:05/09-05/15

05/09(月)
 
大阪出張の移動のため、4時半起き。
そとはまだ明け始めたばかり。
5時を過ぎて瓶缶ペットボトルの回収容器を配るトラックの音が聞こえる。
 
5時半過ぎに家を出て東京駅へ。
7時過ぎで結構混んでいる。修学旅行生を見かける。
朝は妻の用意したナッツをかけたヨーグルトを食べた。
駅では温かいお茶以外何も買わず。
新幹線の中ではビジネス新書を読んで過ごした。
 
新大阪から一駅大阪駅へ、御堂筋線で一駅淀屋橋へ。
昔よく泊ったアパヴィラホテル。特に変わりはなかった。
荷物を預ける。
 
大阪支社へ。初めて訪れる。
お客さんとのキックオフは結局リモートで参加。
定時後PJメンバーと北新地のジビエの店へ。
ワニ、ダチョウ、カンガルーなど。
どれもおいしかった。
 
ホテルに戻ってきて大浴場。
缶チューハイを飲みながら nhk plus でちむどんどんを見て寝た。
 
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05/10(火)
 
6時起きで大浴場。
7時に朝食バイキング。食べ過ぎた。
アパホテルのカレー。
昼は食べず。
 
定時まで仕事をしてオフィスを出る。
大阪駅まで歩いていく。
昔よく出張の帰りに寄ったタワレコがなくなっていたのが残念。
大阪駅・梅田駅の地下はとにかく人通りが多い。
どこか行って楽しむ気にもなれず早々に新大阪駅へ。
 
551 の行列に並ぶ。
19時半の新幹線に乗る。
焼売と海老焼売、缶ビール、缶チューハイ
スチャダラパー『大余談』の続きを読む。
横浜が近づいた辺りで寝落ち。
車掌さんに起こされた。
 
光が丘に帰ってくると妻が車で迎えに来てくれている。
帰って早々、シャワーを浴びて寝た。
午前0時過ぎ。
 
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05/11(水)
 
明け方みみたが布団の中に入ってきた。
7時起き。
ゴールデンウィークとこの大阪出張で体重が2kg増えている。
血圧も上がっている。
縄跳び、クッション腹筋。
コーヒー、ヨーグルト。
 
昨日から本格的に仕事が始まる。
チームメンバーとどんどん先に進めないといけないが、
手ごたえがつかめず。パッとしない。
しかしできるだけのことをしなければ。
 
昼、妻の弁当のおかずの残り。
ウィンナー、玉子焼き、アスパラガスのバター炒め。
サトウのごはん。わかめスープ。
ササッと食べてローソンに HMV でオーダーしたCDを受け取りに行く。
 
19時ごろまで仕事。
こころ旅。時間がなく、一人カップヌードル
下の部屋に戻ってまたPCに向かう。
五里霧中の中ほっといていた上期の目標面談資料に取り掛かる。
一息ついてぼっちキャンプ。
また面談資料に戻る。
なんとか一区切りついて寝たのは午前0時。
 
上島竜兵死去。
2週間前、ナイツのラジオで元気な声を聞いたばかりなのに。
 
---
05/12(木)
 
寝ている間、仕事のことを考える。
昨日の進め方はよくなかったなとか
今作成している資料もイマイチだなとか。
 
7時起き。曇り。
午後から大雨、土曜にかけてなのだとか。
縄跳び、クッション腹筋。
コーヒー、バナナ、リンゴ。
 
朝イチで打ち合わせ2本。
資料のレビューでコテンパン。
しかし、なんかどうでもいいことで悩んでいたなとよくわかった。
 
昼は昨日同様、妻のおかずの残り。
ツナ入りの玉子焼き、冷凍コロッケ、ミニトマト
ザーサイの瓶の残り。わかめスープ。
サトウのごはんの小さいパックを。
昼休み、雨の降らない間にライフに買い物。
今年の赤星で出始めていて、2パック買う。
午後から小雨。
 
夕方、後輩のつくった資料のレビュー。
そのままその場で資料を修正するのに立ち会うことに。
ここはそういう文化なのか。
資料を映しながらだと teamsの表示もモタモタしてかなりつかれる。
2時間半でぐったり。
最後は携帯の電池が切れるという理由で終わりにした。
 
こころ旅、サラメシ。
猫歩きは新宿の再放送。
疲れ切って夜はレトルトのカレー。
妻が総菜のロースカツとコロッケを買ってきてくれる。
新潟のバスセンターのカレー。懐かしい味。うまいですね。
レタス、トマト、パックの千切りキャベツのサラダ。
 
迷宮グルメは旭川ブルガリア
やれるときにとnote用のブログを1本書く。
午前0時に寝る。
 
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05/13(金)
 
小雨続く。梅雨入りか。
7時起き。縄跳びなし、クッション腹筋のみ。
コーヒー、バナナ、ヨーグルト。
朝からずっと打ち合わせかその準備か。
今週から本格的に参画して、
今日いきなり顧客との打ち合わせでメインスピーカー。コンサルとして。
なんとかなったけど、始まる前は胃の底がひっくり返るようだった。
昼を食べる時間もなし。
 
ひと段落して夕方は週明けの目標管理面談に向けて
上司と資料確認。
新しい部門で勝手がわからず。
ようやくなんとか形になってきた。
人間ドックの申し込みをしてこの日は営業終了。
 
昨日のコロッケの残りと千切りキャベツで缶ビール。
新日本風土記熊野灘の再放送。
ツマミになる話。ダウンタウンの31年ぶりの漫才について。
おんな酒場放浪記。
タモリ倶楽部地球の歩き方の編集部。そのボツ企画。
午前1時に寝る。
 
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05/14(土)
 
大雨が続く。
7時起き。クッション腹筋。
コーヒー、バナナ。
チコちゃんの再放送。
 
この日は秩父
「LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL JAPAN」
1日目のトリは Dreams Come True ということで見に行くことになる。
9時半に家を出て、練馬で関越道に出て川越の辺りで下道。
そのうちに雨も上がった。
 
12時に着いて、野外ステージの芝生席に空きを見つけると
妻と交代でフェス飯を食べに行く。
わらじカツ丼とイチローモルトハイボール
一度戻って妻が食べに行っている間、芝生に寝転んで過ごす。
晴れると日差しが強い。暑くなる。
サウンドチェックが続く。
次のバンドが始まって数曲聞いてまた外に出る。
秩父のホルモン焼とハイボール
Official Bar に並んでいる間、DJブースでは松浦俊夫
ovall を見てまた少し外に出てハイボール
 
ドリカム with 上原ひろみ、他神バンド。
夕暮れ、ライヴ前に西日が差し込んで辛かったのが
始まる頃にはステージの裏に下がって暗くなり始める。
雨がまたポツポツと降ってきてヒヤヒヤしたが、なんとかなった。
 
19時半に車に乗って、有料道路と関越道で21時には着いた。
渋滞に巻き込まれずすぐだった。
風呂を沸かして入る。
妻がお好み焼きを作ったのを食べる。サラダチキンのサラダと。
お笑い向上委員会を見て、こころ旅の見逃したのを一本見て寝る。
 
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05/15(日)
 
起きられず、7時半起き。小雨。
縄跳び、クッション腹筋。
コーヒー、バナナ。
街録、イタリアの再放送、Lazy Sunday
 
青熊書店の作業。
昼はナポリタンをつくる。
ライフに買い物。
新聞のクロスワードパズル。
Lazy Sunday 終わってこころ旅の見逃した分を録画で。
 
大相撲。正代が豊将龍にきわどい勝ち方。物言いつかず。
照ノ富士も負けてしまった。高安も若隆景も元気がない。
明瀬山が勝って五分に戻す。これ以上負けられない。
 
孤独のグルメ、五反田の飲み屋。
ムロツヨシとスチャダラ兄が出ている。
 
夜は妻のつくるひき肉のそぼろ、新玉ねぎの肉じゃが。
ポツンと一軒家は引き続き宮崎。
以前録画した町中華で飲ろうぜを見るも途中で寝落ち。
市ヶ谷と麻布十番
中川家のコントは再放送で若手の即興コントを。
CDの解説を少し読んで23時過ぎに寝る。

「Love Supreme Jazz Festival」(後編)

土曜の「Love Supreme Jazz Festival」の続き。
フェス飯テントから戻って芝生席へ。
 
ovall がサウンドチェックを行っていた。
今回聞きたかったバンドのひとつ。
以前、InterFM 『Lazy Sunday』のゲストに出ていて知った。
CDを買おうと思ったが、それっきりになっていた。
プロデューサー業でも忙しい、ベース、ギター、ドラムの3人組。
ジャズというよりもジャムバンドに近いか。音響系の。
この3人にしか出せない音、グルーヴがある。
キーボードが2人加わる。
ゲストに Sing Like Talking佐藤竹善が出ると事前にアナウンスされていて
サウンドチェックで歌っている。
スティーヴィー・ワンダーの「迷信」を。竹善先生、往年のハイトーンヴォイスが出る。
いいねえ、まだまだ若いなあ、と唸るが、本編ではやらず。
「RIse」1曲だけだった。
ovall だけの演奏は3曲ぐらいかな。
後半はゲストヴォーカルを入れて、さかいゆう佐藤竹善、他若いのが2人。
バックバンドに徹する柔軟さもえらいけど、彼らだけの音をもっと聞きたかった。
とりあえずその場で DiskUnion の中古を申し込んでしまった。
 
ドリカムに向けてセットチェンジ、サウンドチェックを行っている間、
再度トイレに出て、飲み干したペットボトルの水を買いに行って、
この日三度目のイチローモルトハイボールを。
芝生席に戻る。
 
主催者側から配布されたシートだけを使用してください、
個人で持ち込んだビニールシートは広げないでくださいと
これまで何度も係員に言われ続けていて、誰も相手にしていなかったのが、
ドリカムが近づいてかなりの人数の観客が見込まれると
必死になってビニールシートのことを言い始めた。
日中は通路で言いながら歩いているだけだったのが、一組ずつ声をかけ始めた。
僕らも畳んだ。
地元秩父からなのだろう、小さい子を連れた若い家族が観客に多く、
本格的なビニールシートを広げて子供たちが何人も寝そべっている。
そんなところにも一人一人声をかけていく。
大変そうだった。なんか運営上の改善点もありそうに思えた。
会場案内図とか注意事項の掲示が少なすぎて、その分係員が注意して回ることになる。
客席内ではアルコールを含めて飲み物はOKだけど、食べ物はNGとか。
ステージを撮影してはいけないとか。
ずっと係員が声を張り上げていた。
 
この時間帯、もうひとつのステージではセルジオ・メンデス
見たかったんだけどちょうどセットチェンジの裏側で。
タイムテーブルを見ると、ovall が終わった直後にセルメン、
その終わった直後にドリカムとなっていた。
これは三組とも見ようとしたら終わりか初めを見逃すなあと
今回はセルジオ・メンデスを諦めることにした。
そういうところも余裕をもってタイムテーブルを組んでほしかった。
 
ステージは右手に要塞のように高く組まれたドラム、
左手にグランドピアノ。
ピアノの調律が1時間近くずっと続いた。
しばらく野外ステージの広い庇の下にあって日差しで遮られていたのが、
その隙間から西日が差し込むようになった。眩しい。
それもドリカムの始まる頃にはさらに下がってステージの裏に隠れた。
すぐにも暗くなった。
 
ドリカムは吉田美和中村正人の2人に
サックス、ギターは恐らくジャズ界の凄腕、
ドラムは黒人のガタイのいい、ノリのいいあんちゃん。
そこに上原ひろみ、という布陣。
曲目は吉田美和の2枚のソロアルバムから。
レコーディングではデイヴィッド・T・ウォーカーやチャック・レイニーといった
名人クラスが演奏していた。
そのベースを中村正人が演奏するという。
3月の代々木や4月の長野で見たとき、先生は「俺、ジャズなんて弾けないよ」
今日は「吉田美和のソロの曲初めて弾くよ」と及び腰。
まあ冗談なんだろうけど。
 
イヤーすごかった。ovall の演奏もよかったけど、桁がふたつ違った。
ドラムがずっしりと重い。
シンバルが他のバンドがシャーンって浅くなるのが、
黒人の彼だとジュゥゥゥワーンと腹の底に響く。
バスドラなんて、往年の Led Zeppelin ジョン・ボーナムもかくあるかと。
タイトなのに絶妙な揺らぎがある。しかもそれが地鳴りのよう。
ファンキーってそういうことですよね。
ギターもサックスも僕の好きな音だったな。
どの曲も各プレーヤーの格別のソロが挟まる。
蓋を開けてみるとこのジャズフェスティバルでドリカムが最もジャズだった。
 
そして上原ひろみ
いつか生で見て見たかったが……
想像以上だった。
さざ波から浮世絵のような大津波まで、
盛り上がってくると身を乗り出して全身でダイナミックに音を伝える。
音の色を感じるということはあるかもしれないが、
それをエネルギーの塊として表せる人というのを初めて見た。
ミクロの粒子から、マクロの宇宙まで。
これはもっと聞きたい、聞いてみたい。
アンコールはその上原ひろみの編曲による「サンキュ.」
 
19時半には駐車場を後にしたか。
こんな豪華な演奏、もう二度と聞けないかもな。
その余韻に浸りながら車に乗って帰る。
渋滞に巻き込まれることなく、秩父の有料道路と関越道で21時には着いた。
早い。秩父は案外近いな。
風呂を沸かして入った。
 
イチローモルト、入手したいな。
泊りで行って、日曜のロバート・グラスパーも見たかった。
上原ひろみはまたどこかに聞きに行こう。

「Love Supreme Jazz Festival」(前篇)

昨日は秩父ミューズパークで開催された
「Love Supreme Jazz Festival」を見に行った。
土日のうちの土曜のみ。
ドリカム、セルジオ・メンデスが出るので妻が見に行きたいという。
他の出演者を見ると ovall の名前があった。
日曜だと wonk やロバート・グラスパーなど。
ジャズと言ってもトラディショナルなものではなく、
このラインナップだと21世紀型のフューチャー・ジャズなんだろうな。
言葉本来の意味でのフュージョンというか。
 
元々はイギリスのフェス。
2年前に初の日本開催となるはずが、コロナ禍で延期。
ようやく今年、実現した。
 
7時起き。9時半過ぎに家を出る。
朝から大雨。このまま降り続けたら厄介だな、とだいぶ昔買った雨合羽を取り出し、
妻はブーツに防水スプレーをかける。
練馬ICから関越道。川越を越えたあたりから雨が上がった。
そのまま高速で行くのかと思いきや、ナビに従ったら途中から下道になった。
 
遠くにまだ雪の残る富士山が見える。
ここ数日雨続きで天候が荒れていたため、雲がやたら低い。
ちぎれた雲が周りの山よりも低く散らばっている。
秩父が近づく。青梅・奥多摩はよく行くけど秩父は初めて。
セメント工場やそこで働く人たちの団地の群れが見えてくる。
ぶこーさんという地元のゆるキャラ
横瀬町から秩父市へ。
札所巡りが盛んなのか、十三番はここ、十四番はここと看板が立っている。
秩父駅の近くを通る。思っていたよりも開けている。
笑点林家たい平に寄れば秩父夜祭に毎年大勢の観光客が集まると聞くしな。
新しいカフェと古い映画館が同居する、落ち着いた町だった。
 
ハープ橋という大きな橋を渡って、秩父ミューズパークへ。
うねうねと曲がりながら上っていく。
森の中。なんだかとてつもなく広い。全貌がよくわからず。
その奥の方にあったフェス参加者向けの駐車場に停める。
緑の眩しい歩道を10分ぐらい歩いただろうか、途中パルテノン神殿やミューズの泉というのがあった。
フェスの会場が近づくと音楽が聞こえてきた。
12時過ぎ。
地元の高校の吹奏楽部がオープニングで登場するという。
それも終わって、今は kiki vivi lily というグループのはずだった。
女性ヴォーカルが歌っていた。
 
フェス飯のテントが並んでいる。
見ると横瀬町の蕎麦とか、秩父のホルモン焼であるとか地元の店を集めたようだ。
とてもいいことだし、秩父の外から来る人にとってはとてもうれしい。
お酒はもちろん秩父ということでイチローモルト、他秩父地ビールやワインなど。
 
リストバンドをもらって左の手首に巻き付けて
小さなスタジアムのような形をした野外ステージの中へ。
前方は指定席、後方は芝生席。
指定席があるフェスというのも珍しいなと思う。
今回ステージはもう一つ小さいのがあってそちらも指定席があるはずで。
どういう仕組みになっているのだろうと不思議だった。
妻が申し込んだ時には指定席は完売で、芝生席。
芝生と通路の境目に程よい場所に空きを見つけ、入場時にもらったシートを敷いて座った。
妻と交代でさっそく昼を食べに行くことにして、僕が先にステージの外に出た。
 
一番並んでいたわらじカツ丼の店に。
揚げたてのカツを2枚乗せて1,000円は安いだろう。
隣の店でイチローモルトハイボール、500円。
どの店もイチローモルトはロックであれハイボールであれ500円と共通価格になっていた。
少し歩いてベンチに座って食べる。
ステージで演奏しているのが聞こえる。フェスらしくていいな、と嬉しい気持ちになる。
食べ終わる頃、一組目が終わって出口から観客がぞろぞろと。
どの店も行列が一瞬にしてできた。
 
野外ステージの芝生席に戻って妻と交代。
ビニールシートを広げて寝そべって過ごす。
雲の隙間からの日差しが強くなってきてタオルをかぶったりかぶらなかったり。
2組目の Sirup がサウンドチェックをしているのが聞こえる。
起き上がって見ていると恐らく本人たちなのだろう。
まだ若い。20代前半か。
妻が戻ってくる。Offial Bar で買ってきたレモネードを自分は飲んで、
僕にはサングリアを。氷の入った飲み物がありがたい。
紙コップに氷が残るとペットボトルの水を入れて飲んだ。
 
Sirup はシティポップとソウルの影響を受けた Suchmos の弟、といった感じか。
僕は合わず、数曲聞いてまた外に出る。
どれだけ暑くなるかわからず、ペットボトルの水がたくさんあった方がいいだろうと
自販機を探して少し歩く。
フェスのリストバンドをしている人もいれば、近所の方なのか犬の散歩に来ている人もいた。
小さい子を遊ばせに来ている若い親子とか。
 
一度芝生席に戻って妻によく冷えたペットボトルを渡す。
別のテントで秩父のホルモン焼き。またしてもハイボール
ショップカードをもらう。秩父焼肉屋だった。
妻とは一度秩父の温泉宿に泊まりたいな、という話をしていた。
こういうところで食べるのもいいだろう。
 
Official Bar で妻にレモネードを。けっこう行列。
その横の DJブースの前に人が集まっている。
DJ は黒のスーツを着ている。
新しい感覚のジャズ。ムーディーなのに尖っている。
いい選曲だな、とタイムテーブルを見たら松浦俊夫だった。
90年代に学生だった僕としては懐かしい名前。
このまま聞いていきたいと思いつつ、
Official Bar に並んでいる間にたまたま聞いたという出会いもありかと
飲み物を受け取ると芝生席に戻った。
僕はタイかどこかの缶ビールにした。

思考の癖というもの

怒涛の一週間が終わった。
異動後の一カ月は研修続き。
DXコンサルで必要な最小限の知識の習得ということなのに
その高度な内容に一カ月で一年分の学びがあったと
そのスピード感にクラクラしたものだけど
今週から実案件に入って、その一週間にも一年分の学びがあった。
さらに加速した。
ジェットコースターというか、ロデオというか。
振り落とされないために必死だった。
 
昨日はいきなり、顧客打ち合わせにてスピーカー。
これまでのようなシステムエンジニアとしてではなく、あくまでコンサルとして。
なんとか乗り切ったけど、胃の底がひっくり返るようであった。
その資料の準備でここ数日しごかれた。
箸の上げ下げから注意されるような。
 
基幹システムの再構築ないしは最適化に当たってその構想立案を行う。
日々の業務から来る既存システムに対する改善要望について
事前にお客さんのところでアンケートを取ってある。
実に数百人分。かなりの情報量がある。
かなり大きなサイズの excel となる。
あー、じゃあ列を足して分類すればいいのか、と最初は思った。
それまでの仕事がそうだった。
 
しかし違うんですね。
ではその分類の軸がどこから出てくるのか、という話になる。仮に
「チェックリストのプリントアウトをやめたい」
「申請書の紙出力・捺印をなんとかしたい」
とあったとき、
ペーパーレスですねと一足飛びに進んではいけない。
 
・岡村さんの頭の中にあるその変換ロジックをお客さんは共有しているわけではない。
 それを無意識のうちに片付けたり、常識だからとしてはいけない。
 
・そもそもペーパーレスという用語そのものが出てきているわけではない。
 出てきているというのなら、その数を原典となる excel から数えたのか。
 
だとしたらどうするか。
テキストデータの計量分析を行うのがよいのではないか、となった。
 
この頭の中で無意識のうちにやっていること、
思考の癖とでもよぶべきものを洗い落とす、ひたすらそのことを言われ続けた一週間だった。
それがあるから考えるのが早くなる、それを自分なりに積み上げてきた20年だった。
そこを否定するのは自分を否定されるようなもの。
しかしそれはうわっつらのものはどんどん入れ替えられるようにして、
自分は器のようなものになりなさいということなのだと思った。
無駄なものを捨てて身軽になった方が、よほど早くなる。
 
これらの作業を資料化するにしても
「シンプルにやったことを、事実だけを書きなさい」と何度も注意された。
その結果に対してこう評価したとか、このような所感を抱いたとか、
作業に取り掛かったばかりの今の段階、結論の出ていない今の段階では不要だと。
そこにはやはり、無意識のうちに歪めてしまうもののこともあるし、
手っ取り早い結論に飛びついてはいけないということでもある。
目的は何か、そのためのアプローチをどう定義するか、
そのために具体的に何を行うか、行ったか。
それを客観的に示さないと、順を追って明らかにしないと、人は理解できない。
 
学んだことを元に日々試行錯誤。
見習いコンサルの修業時代はまだしばらく続く……

久々の大阪出張(2日目)

引き続き、火曜。
大阪で一泊して一日仕事して帰ることにしていた。
 
6時起きで大浴場。
朝早いから空いてるだろうと思いきや、かなり混んでいた。
地下の露天風呂に入る。
湯船を利用している人は少なく、サウナに入っている人が多い。
 
着替えて7時に同じく地下のレストランへ。
今回は珍しく朝食バイキングをつけてみた。
スクランブルエッグにベーコンにウィンナー。定番メニューをついつい選んでしまう。
アパと言えばカレー。バイキングにもあった。
いかんと思いつつ、朝から食べ過ぎてしまった。
ちむどんどんとこころ旅を見てホテルを出る。
アパホテルは持ち帰り自由の怪しげな本がさらに増えていた。
 
御堂筋に出て歩く。
橋を渡ったところでそういえばホテルの領収書が必要だったと引き返す。
しかしホテルで聞いたら yahoo! で予約しているのでそちらから入手してくださいと。
無駄足となったが、まあいいか。
8時過ぎの淀屋橋界隈は大勢のサラリーマン。金融系なのだろうか。
活気のある雰囲気がいい。
 
9時までは別席で一人PCに向かい、
9時からは昨日と同じようにPJメンバーと会議室で過ごす。
内部の打ち合わせをいくつか。
朝食べ過ぎたので昼はどこにも行かず。
定時まで淡々と仕事をして営業終了。
 
リュックサックを背負い、オフィスを後にする。
帰りの新幹線は行き同様余裕を見て19時半としていた。
帰宅する人たちの波に入って梅田方面へと向かう。
なんとはなしに大阪駅前第三ビル、第四ビルの地下街に入る。
右も左も、女性も男性も大阪の言葉。
今思うとどこかの店に入って一杯飲んでもよかった。
 
少し時間がある、さあどうしようと思う。何も決めていない。
昨日飲み過ぎて手持ちのお金が無くなり銀行の ATM を探す。
そうだ、以前出張の帰りによく寄ったタワレコがあったなあ。
マルビル。阪神の近くの。
しかし行ってみたら店はもうなくなっていた。
なぜか出張の度に1枚ずつ澤野工房のCDを買ってた思い出の店だった。
 
タワレコで時間をつぶす当ても外れてそのまま大阪駅の地下へ。
新幹線を早めて19時ぐらいにするかとみどりの窓口的なところに行ってみるが
長い行列ができていて諦める。
昔はホワイティをよく歩いたなあと探すもどう行っていいのかわからず。
大阪駅・梅田駅の地下が日本で一番広くて複雑だと思う。
帰宅ラッシュで人の流れも激しい。
 
グランフロントの地下があることを知って行ってみる。
ここはあまり人がいなかった。知られてないのか。
いや、地下街の外れの方だからか。
 
18時半、新大阪へ。外はまだ明るい。
帰りの新幹線で食べる、かつ、妻へのお土産にする 551 に並ぶ。
やはり結構並んでいる。
中で食べる温かいのは焼売と海老焼売の少量の箱を。
お土産のチルドは豚まんと餃子のセットにした。
 
待合室の空いている椅子を見つけるも手持無沙汰。
することもなくしばらくホームで待つ。
ようやく新幹線が入ってくる。
そんなに混んではいない。
行き同様通路側の席。隣には誰も座らず。
一応京都まで待ってみたら京都で隣に座られた。
それとなく周りを見渡してみると
窓際の席を取っていた人のところに通路側が埋まることはなかったようだ。
逆に僕のように通路側に座っていて窓側が埋まった人はちらほらといた。
また大阪出張はあるだろうから今度は窓側にしようと思う。
 
気を取り直して551で缶ビール、缶チューハイ
持ってきたスチャダラパー『大余談』の続きを読む。
青森の往復は増発便だったからか車内販売がなかったけど、
今回の大阪の往復は行きも帰りも車内販売があった。
名古屋を過ぎ、缶チューハイを飲みおえた後でうたたね。
気が付いたら車掌さんに起こされる。
いつのまにか東京駅に着いている。
周りには誰もいない。皆下りた後。
慌てて荷物を下してホームに出ようとしたら既にゲートが閉まっていて開けてもらった。
 
JRの乗車券を利用して新宿まで。
そこから大江戸線に乗った。
妻が光が丘まで迎えに来てくれる。
お土産の551を渡し、スーツを脱いでシャワーを浴びてすぐ寝た。
午前0時過ぎ。

久々の大阪出張(1日目)

4月に異動してきて5月から参画することになった実案件が
お客さんとのキックオフでいきなりの大阪出張。
スーツなんてここ数年全く着てなかったので
ゴールデンウィークの間に鞄と靴と、ついでにシステム手帳も買った。
ビジネスホテルを予約して、新幹線の往復も押さえる。バタバタした。
 
仕事での大阪出張は10年ぶりぐらいになるのか。
3年か4年前にも一度あったけど、あれは事業部のイベントだった。
10年前は大阪と和歌山に毎週のように出張で行っていた。
さらにその数年前はシステムの切り替えでウィークリーマンションを借りて
大阪で2カ月暮らしたこともあった。
 
月曜、4時半起き、5時半過ぎに家を出て東京駅へ。
大阪支社のオフィスには11時までに着けばよく、10時に新大阪の駅で切符を取った。
東京駅を7時半に出る。
余裕を見て早く出たけど7時前に着いてもすることがない。
駅構内は人通りが多い割りに営業している店は駅弁と土産物と数少ない。
早めに新幹線の改札をくぐってホームの白線に並ぶ。
奥の方には浮足立ったような眠いような修学旅行生の集団がわさわさといた。
 
月曜の朝、サラリーマンばかり。ノートPCを開いて excelパワポを眺めてる。
通路側の席に座るも隣には誰も来ない。快適に座っていく。
ビジネス新書を1冊読んで、動画の研修の短いのを一本受けて、
一応仕事がらみの時間を過ごす。
そのうちにすぐ新大阪に着いた。
新幹線の改札を出てざっと見て回る。
大幅にリニューアルされたのかもしれない。どこもかしこもピカピカ光っている。
551は別のところに移ったのか。
 
JRの乗車券が利用できたので大阪駅まで一駅乗る。川を渡る。
10時を過ぎても人が多い。
地元の、あるいは出張のサラリーマンにバイトに向かう学生か。
せかせかした雰囲気に入れずにいる観光客もいた。
 
御堂筋線に乗ってまた一駅。淀屋橋で下りる。
夜は10年前によく利用したアパヴィラホテルに泊まることにした。
最近は近くにドーミーインもあるようだけど、懐かしいし勝手知ったるしで。
時間があるのでホテルに荷物、着替えの入ったカバンを預けた。
 
大阪駅方面に引き返す。
中之島の川をふたつ渡る、橋をふたつ渡る。
その先に大阪のオフィスがある。
何年か前に移転してきた。
20数年もこの会社にいて、大阪支社に入るのは初めて。
フロアに着いてから勝手がわからずまごまごしてしまった。
 
11時にPJメンバーと合流。
夕方のキックオフは僕は対面では参加せず、リモート参加となった。
えー! だったら大阪来なくてもよかったんじゃないか。
靴も鞄も買わなくてよかったんじゃないか。
しかし、PJメンバーと顔を合わせて人となりを知るとふるまい方も変わってくる。
来ることができてよかったと思う。
 
仕事用の個人PCを持っていない関係で一人だけ別の部屋で仕事をする。
気が付くと13時半。
この時間から声をかけられて昼に食べに行くことはないだろうなと
一人でさっと外に食べに行く。
外は北新地。
目についた店はどこもかしこも2,000円近くして、しかも既に営業を終えている。
雨が降り出す中、韓国料理屋を見つけて入る。
豚カルビビビンバ。ここも高級感あるおしゃれな店だった。
 
夕方のキックオフも無事終わって定時過ぎに営業終了。
PJメンバーと飲みに行く。
北新地で飲むのは初めてか。
後輩が日本酒をたくさん置いてある店を予約していた。
入ってみるとジビエの店。
ワニテール燻製のサラダ、ダチョウの刺身、カンガルータタキ。
どれも言われないとわからないものですね。
ワニも鶏肉かと思って食べただろう。
馬の生レバーがごく普通のメニューに思えた。
日本酒は田酒と鳩正宗があった。
〆のキムチチャーハン、しじみのラーメンもうまかった。
 
しこたま飲んでホテルに戻ってきたのは23時前。
大浴場に入って身体を休める。
新しい革靴だったので思いっきり靴擦れで痛い。
川が擦り剝けて血が出ていた。
缶チューハイを1本だけ飲みながら
iPhone に入れた nhk plus でちむどんどんを見て寝る。
午前0時過ぎ。
いつも左足だけが靴擦れ。