いくつかの

なんというか、この世界は「○○原理主義」が進んで
自分原理主義の世の中なんだろうなと。
例えばインターネットは世界を広げるためのものなのに、
世界を狭くしたもん勝ちになってしまうのはなぜなんだろう。
 
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昨晩「THE W」の決勝を見た。なんでこんな痛々しいのか。
最終決戦だけを見るのがちょうどいいのかもしれない。
思い出すのは、M-1グランプリに出ていた変ホ長調ってどうしてんだろう。
今も出てるんですね。調べたら今年は準々決勝まで行ってた。
 
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土曜、高校の友人たちともつ鍋を食べに行った。
色紙がたくさん飾ってあった。入口に近いほど有名芸能人となるようだ。
上の階の僕らの近くに貼ってあったのは「ラッスンゴレライ」「本能寺の変
 
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BSを見ていると隙間隙間で通販番組が。
今はハチの巣構造の卵が割れないクッション。
一頃見かけた「バタフライアブス」はどこ行ったんだろう。
ああいうのってアメリカの通販番組の売れ残りが1年後に日本に来るんじゃないか。
 
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「THE W」の優勝は3時のヒロイン。全然知らなかった。
賞品の一環として日テレの様々な番組に出演できるのだという。
『笑ってコラえて!』の朝まではしご酒のロケにその場で駆り出され、
それが別のドキュメンタリー番組で撮影される。いきなり過酷だ。
 
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1999年から20年。なぜかこの年が20世紀の終わりだと思い込んでいた。
2000年が終わりだと頭ではわかっていても、
世紀末というのは「999」と並んだ方が雰囲気出るもんで。
一世紀の終わりが「000」年だとしたのは誰なのか。キリスト教の教会なのか。
 
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土曜の同級生との会話の中からもう一つ。
青森県六ケ所村では特産の長芋を使った焼酎を作っていて、
これがなかなか東京に出回らず、青森でないと飲めないのだという。
四ツ谷青森県居酒屋「りんごの花」にあったかな。今度飲んでみよう。

12/02-12/08

12/02(月)
 
例の件、直接やり取りしようとして案の定こじれた。
取り付く島もない。僕も余計な発言を繰り返してしまった。
どうしようか相談して、上にゆだねる。
帰ってきて野菜室の柔らかくなった柿を捨てる。
そしたら帰ってきた妻が食べるつもりでいたと。
せっかく田舎から送ってきた柿なのに嫌いだから捨てるというのはどういうことかと。
仕事も家庭もよかれと思ってやったことがことごとく裏目に出る。
 
この日は小雨。
昼、弁当。鯵、ソーセージ、きんぱごぼう、ニンジンのグラッセなど。
昼寝しようとするが眠れない。
帰ってきてLIVINに寄る。
弁当の用意。生姜焼き。卵焼き。
夜は妻が帰ってくるのを待って、妻がつくったサラダ。
小豆島で買ったオリーブの実の入った食べるラー油でご飯を少し。
物足りず、カレーヌードルにフライドガーリックやフリーズドライの野菜を足して食べる。
酒場放浪記。
逆転人生はホリエモンのロケット打ち上げ会社で働く若者。
この方のことは以前、Kさんのところで聞いたことがある。
入社日に辞めてホリエモンのところに入ったのだと。
町中華で飲ろうぜを見て寝る。午前0時過ぎ。
 
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12/03(火)
 
例の件、調整してもらうことになった。
他にも仕事はいくらでもある。
うまくいくものとそうでもないものと。
昼、弁当。生姜焼き。味が薄かったか。
その後昼寝。
 
定時過ぎに出る。
明日の弁当はLIVINで買ったパックのプルコギを焼く。
ほうれん草を解凍して玉子焼き。
冷蔵庫に残っていた野菜でスープを作る。
大根、ニンジン、セロリ、玉ねぎ、長ネギ、ベーコン。
軽く塩だけで味付けして、食べるときに胡椒を振る。
鑑定団、迷宮グルメ。
Song To Soul は John Lennon「Starting Over」
 
妻の帰りが遅くなる。
他人の分まで仕事をやらされてどこまでやっても終わらない。
地下鉄が殺人的に混んでいる。家から遠い。
掛けるべきねぎらいの言葉も見つからない。
0時半に寝る。
 
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12/04(水)
 
例の件、他の方に応対を代わってもらい、
いくつか課題を残しつつもまずは収束へ。
最初の僕の応対がよくなかったのだろう。
昼、弁当。昼寝。
20時まで残業。
下のコンビニの唐揚げ弁当を食べる。
 
駅で妻と待ち合わせて猫砂を買って帰る。
明日の弁当の親子丼を作る。玉ねぎではなく長ネギで。
街録を見て寝る。
 
今日も地震が。震度4で昨日は茨城で、今日は栃木か。
 
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12/05(木)
 
PJも佳境に入ってきて一日が一瞬で終わる。
打ち合わせの資料を作って打ち合わせして、そのメモをまとめて。
僕の書いたところの設計書の不備を指摘されてすぐ直して。
昼、弁当。親子丼。おいしく作れたと思う。
20時過ぎまで残業。
この日妻が先に帰っていて、グラタンを作ってくれる。
休肝日とはせず缶ビール、缶チューハイを飲む。
23時半に寝る。
 
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12/06(金)
 
リチャード・ブランソンの自伝を読み終える。
後半のほとんどはヴァージン・アトランティックが
ブリティッシュ・エアエイズとの泥沼の戦いをどのように制するか。
600ページがあっという間だった。
 
昼は弁当を持ってきていなかったので
駅前に出て、つじ田の「味噌の章」へ。
太麺にせず普通の細麺。辛いのも抜き。甘くて優しい味。
つじ田はそんなに好きではないが、「味噌の章」はうまい。
ひき肉が入っているのもいい。
 
月一のPJ状況報告。あっさり終わった。
夕方、一通り打ち合わせが終わってぐったり。
定時過ぎに帰る。
 
チコちゃんは今週のNHK地震関係の特番でなし。
新日本風土記福井県の禅寺。猫歩きは鎌倉。
おんな酒場放浪記でウトウト。
タモリ倶楽部の前に少し、孤独のグルメにチャンネルを変えたら
なんと豪徳寺の店。何度もその前を素通りしていた。
俺の目は節穴か…
最後やはり寝落ち。
 
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12/07(土)
 
明け方、みみたが布団の中へ。
ジョギングするつもりが起きられず。
というか小雨がぱらついていて寒い。
10時半まで布団の中にいて、ライフへ食材の買い出し。
 
12時に家を出る。
妻の高校の友人たちと忘年会。
江古田のイスラエル料理の店なんだけど、大江戸線新江古田駅まで行って、
地上に出た時にまちがって中野方面へ。既に遅れていて待たせていたというのに。
イスラエル料理はチキンカツのようなものやシシカバブのようなもの、
付け合わせの薬味たちをナンのような半月型のパンに挟んで食べる。おいしい。
おかわり自由のコースにしたので何度かおかわりした。
イスラエルのビールとワインも飲んだ。
一人が社会保険に関する仕事に就いていて。
ここには書けないすごい話をあれこれ聞かせてもらった。
 
16時までまったり飲んだり食べたりして、妻は家に戻って僕は新宿へ。
DiskUnion で取り置きの CD を受け取って中目黒へ。
渋谷駅がよくわからず……
山手線から東横線までどうやって辿り着いた思い出せず。
中目黒駅周辺はおしゃれな店が多くていいなあ。
線路の下が再開発で大きく様変わりしたんだろうな。
 
有名店の「鳥小屋」でもつ鍋を食べて、二軒目はミライザカ
当時の悪ガキたちのしでかしたあれこれ。
こちらもまた書けないような話ばかり。
三年生の終わり、卒業前に学ランを着て合格発表に潜り込んで勝手に胴上げして
地元のニュース番組でそれが放送されたとか。これは序の口。
途中で一人合流して、23時過ぎまで飲んで帰ってきた。
寝たのは午前一時過ぎ。
 
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12/08(日)
 
ものすごく天気がいいが、やはり起きられず。
イタリアを見て、Lazy Sunday を。
常備菜。切り干し大根の煮物。ブロッコリーを茹でる。
インゲンの胡麻和え。ほうれん草を茹でて凍らせる。
昼は熊本ラーメン。武田ハムのチャーシューを乗せる。
新聞のクロスワードを解く。
今回は漢字回文を取り入れている。凝ってる。
 
Lazy Sunday が終わって、妻の用事に合わせて散歩。
クリーニング屋。図書館。
夕暮れの光。
清掃工場の工事が進む。だいぶ煙突ができてきた。
笑点世界遺産を見ながら弁当の用意と夕飯の用意。
弁当はいつもの鯖、ソーセージ。
夕飯はカボチャ、ベーコン、ほうれん草、マッシュルームのグラタン。
3週間ぶりのモヤさまは春日部。
風呂を沸かして入る。
新聞を読んだりしながら過ごす。
23時過ぎに寝る。

顔に現れる

昨日、高校の友人たちと飲んだ。
あれこれ話した中で盛り上がった話題のひとつが、
夏に青森で同窓会的な飲み会があったときに撮った写真が何十枚と
LINE のグループに投稿されたのを見返して、
これって誰だっけ? と。
「俺にそっくりだけど誰? こんなやついたっけ??」
 
久しぶりに顔を出したら
女性はきれいになったとか男性はおっさんになったとかで
誰かは思い出せても、全然変わりすぎていて
パット見分からなかったという人がいる一方で
僕を含めそこにいた皆が、高校の頃から全然変わってないという話で。
(どんなに間が空いても数年おきに会ってるからというのもあるが)
 
高校を卒業してから四半世紀。
全然変わらないという人と、変わりすぎていてわからないという人の
二極化が進んでいるように思う。
これってなんだろう。
過ごした時間の優雅さや厳しさといったもので人の外見はいかようにも変わるのか。
それとも DNA によるものなのか。
様々な理由により整形するに至ったという人もいるだろう。
 
高校時代の同級生という集団から離れてそこにもはや戻る気のないという人がいた場合、
その人は根っこにある共通の型、プロトコルのようなものを手放して
僕ら側からすると「変わってしまった」ということになるのかもしれない。
違う世界、向こう側の世界に住んでいて交わらない、そんな異邦人の顔となる。
逆にそういうったプロトコルを手放さずに何重にもまとった人もいるということになる。
 
どこにも属さず、どこにもつながらず、何の特徴もない顔の男や女がいて、
そういった男たちや女たちの集まりがあって、
何の変哲もない部屋で何の変哲もない言葉を抑揚もなく交わす。
そんな場面を思い浮かべる。何の情感もなく、何の喜びもない。
過去を捨てた男たち、女たち。

「地面出し競争」

昼は妻の高校の友人たちと、夜は僕の高校の友人たちと、忘年会。
江古田でイスラエル料理。そののち、中目黒でもつ鍋。
 
高校の友人たちとの飲み会は卒業以来初めて会う人もいて。
高校時代にやったバカなことの話で盛り上がった。
焼酎のボトルがすぐ2本空いた。
 
一人が山形に単身赴任していたことがあって、その話になる。
一番大きな芋煮会では本当にショベルカーが登場するのか、とか。
山形にとんでもなく雪の降る温泉地があって、
そこでは「地面出し競争」というのを行っているという。
 
4m ~ 5m の高さを四人一組、スコップで掘って地面に到達し、
掘り出した土を手に最初にゴールしたチームが勝ち。
スコップは貸し出しもしてくれるが、
自衛隊消防団といった強豪チームはマイスコップを持参する。
次回でなんと11回。
ここでしかやってないからということで「世界大会」を謳っている。
実際、今は世界各地から何チームも参加するようになったとのこと。
 
「優勝チームはどれぐらいの速さで掘ると思う?」
「1時間ぐらい?」
「俺が出た時は18分だった」
「ええー!! 5mの深さを?」
 
どうやって掘るのかというと、
ただまっすぐに掘るだけだとある程度の深さまで行くと雪を外に出せなくなるので
一見遠回りでも階段状に掘り進めるのだという。
それでも速いチームは圧倒的に早いのだと。
 
以前は小学校の冬の運動会の競技だった。
その小学校が閉校となった後で、地元の有志たちが協議会として復活させたのだと。
地面のどこを掘るか区画割が事前になされていて、
体育館の屋根から地面にまで続く雪のスロープを橇で滑って遠くまで行ったチームから選ぶ。
優勝賞品は金のスコップ。
などなど、あれこれ聞いた。
出てみたいなあ。
公式サイトの動画を見てるとほんと、ほんわか楽しそう。

カップ焼きそばというもの

妻がこういう本があるよと教えてくれる。来週出る新刊本。
『ぺヤングソースやきそばで学ぶ問題解決力』
 
強い思い入れがあるのか、
カップの焼きそばに何かを学び、何かを託す人が世の中多い。
以前、こういう本も話題となって続編が出た。
『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』
 
妻曰く、カップの焼きそばは普通の焼きそばとは
全く別の食べ物として確立していると。
そう思う。そういうのって結構ある。
ラーメンと二郎の関係もそうかもしれない。
 
カップ焼きそばは「湯切り」というところにひとつの工夫というか、
カップ焼きそばをカップ焼きそば足らしめる存在の立脚点があるように思う。
考えた人は天才かもしれない。
そして今、湯切り口はどんどん進化して、
僕らが子供の頃はお湯でふやけたかやくの細かいのがどんどん流しにこぼれていったのが、
今となってはそんなことで悩む必要がない。
 
以前、カップ焼きそばのかやくって少ないよなあ、
別売りしてくれないかなあと書いた。
最近僕はフリーズドライの野菜(キャベツ、ニンジン、玉ねぎ)や
揚げ玉を独自に足して作っている。
千葉の港で買った海苔、青海苔、鰹節のミックスも一緒に。
あとはカップヌードルで言うところの謎肉的なものが入手できたら言うことはない。
 
エースコックの大盛いか焼きそばが生産終了とあって
スーパーで見かけたときに両手にもてるだけ買って、それを何日か繰り返して、
20個弱のストックをつくった。
気が付いたらそれを全部食べ切っていた。
先々週、何も考えずに食べていたらそれが最後の一個だった。
知ってたら上に書いたトッピングをなにも入れずに
裸のままの状態を楽しんだのだが。惜しいことをした。
大盛いか焼きそばよ、さらば。
 
日清のカップヌードルなんかで、
粉末か液体のスープが袋に入っていて
お湯を入れてそのまま食べるとラーメン、お湯を捨ててスープを混ぜると焼きそば、
そういうの商品化されないかな、と思う。
何の意味があるのかと言えば、何の意味もない。
ただ面白そう、というだけ。
気分に応じていろんな食べ方ができる、というのがいいんじゃないかと。
 

富士山

土日の小豆島旅行は羽田空港高松空港の往復。
静岡県の上空を通過するので、行きは富士山のほぼ真上を通った。
冠雪して白くなった峯が山頂の真ん丸な火口からスーッと四方に伸びている。
その周りに青いすそ野が広がる。
思わず見とれる。いいなあ、と思う。
富士山は微動だにせず、時間が止まったかのように感じる。
 
帰りの飛行機でも貴重からのアナウンスがあって、
左手に今、富士山が美しく見えますと。
周りを雲に囲まれ遠くに白く聳え立っていた。
この一人きりポツンとしているのが富士山のよいところなのだろう。
毅然として我関せずというような。
 
新幹線に乗っていても近くに差し掛かると富士山を探してしまう。
あれってなんだろうな。
日本一高い山だからか、日本を代表する山とされているからか、
とにかくそういうものだと思い込んでいるのか。
 
富士山の麓に住むというと武田百合子の『富士日記』だけど
静岡や山梨だと富士山の裾野に住んでいてすぐ背後に富士山が、
という人も多くいるのだろう。
それってどういう気分なのだろう。
馴れてしまうとなんてことないのか。ああ、山ね、というような。
だけど小さい時からそこに住んで、大人になって離れて住むという時、
例えようのない寂しさとなるのだろう。
 
故郷の山。
そう、富士山は日本国民にとっての故郷の山なのだな。
どれだけ遠く離れていても。
 
そんなことを思う一方で、頭の中に流れるのは
電気グルーヴの「富士山」だったりする。
学生時代、ススキノの巨大なキャバクラに行ったとき、
そのパーティータイムのような時間に流れたのが「富士山」だった。
ピエール瀧はどうしているのか。
この一年を思い返して気になったことのトップはやはりピエール瀧
令和、富士山、ピエール瀧

尾崎放哉を真似る

この土日、小豆島を訪れた。
自由律俳句で有名な尾崎放哉が粗末な庵に住んで生涯の最後を過ごした地であり、
墓参りをして記念館を訪れた。
句集の文庫を買い求め、ホテルで過ごす夜、帰りの飛行機の中で読んだ。
 
「咳をしても一人」
「墓のうらに廻る」
「入れものが無い両手で受ける」
 
これぐらい書けそうだと最初は思うが、少し考え始めると「いや、無理だ」と気付く。
無限とか虚空とかそういう抽象的な言葉は出てこない。
身の周りのことを書いたようでいて正岡子規の言う写生ではなく、
まして「人間だものとか」「仲良きことは美しきかな」というものでもない。
切り詰めた言葉の中に一人一人の人生の瞬間を切り取った、その広がりがある。
 
「爪切つたゆびが十本ある」
「月夜のかるい荷物だ」
「肉がやせてくる太い骨である」
 
「あなた」や「わたし」が登場することはない。
「婆さん」や「漁師」といった人物が目の前に現れるだけ。
事物と出来事。あるいは自らの行為。
自分が何を思い、何を感じたか、ということは一切触れない。
なのにその背後に、一人きり無念の中にいる尾崎放哉の姿がある。
 
「来る船来る船に一つの島」
「一本のからかさを貸してしまった」
「動物園の雪の門があけてある」
 
特徴が少し分かってくると、僭越ながら「いや、作れるんじゃないか」とまた思い出す。
帰り道、妻とこんな感じじゃないかと交わし合う。
「猫砂を買う」はどうなる?
「月が出てゐる猫砂を買う」
「欠けた月が出てゐる猫砂を買う」
「欠けた月がある猫砂を買う」
「猫砂を買う欠けた月が出る」
こんなふうに足したり引いたり並べ替えたりしていくうちに形になっていくのだろう。
あるいは、言葉がすっと出てきてそこで終わりなのか。
 
「犬よちぎれる程尾をふつてくれる」
「をそい月が町からしめだされてゐる」
「口あけぬ蜆死んでゐる」
 
土曜の夕方、見晴らしのいいところで瀬戸内海を眺めようということになって、
紅葉のトンネルを抜けて駐車場に車を停める。展望台に立った。
「夕暮れの斜めに差し込む光が山いっぱいを照らす。
 その日最後の光を浴びて島は輝いていた」
と僕はこの日の日記に書いた。
同じ風景を見たのか、尾崎放哉はこんな句を読んでいた。
「山は海の夕陽をうけてかくすところ無し」
飛行機の中で読んだとき、僕は、まだまだ全然だなと思い知らされた。