地下室というもの

 
妻から「東京R不動産」にすごい家があったと。
※近未来すぎて各部屋の写真は必見。
 
真っ白な、巨大なオブジェというか生き物のような家。
直線を極力排し、曲線をメインに構成されている。
スコットランドと日本人の建築家によるものだという。
 
すごい家だな、とか
町田で6,380万円か、というのもさることながら
僕が興味をもったのが地下1階と2階とがあること。
屋上あり、1階がリビング兼ダイニングキッチンで広く、
地下1階が洋室ふたつとトイレ、風呂、洗面所。
地下2階は核シェルターではなく納戸となっている。
説明によれば以前住んでいた方はここにピアノを置いていたと。
ここを広いアトリエにしてみたい。
 
地下室って憧れる。
地下のガレージではなく、あくまで部屋として。
秘密基地っぽいじゃないですか。
陽が当たらなくてもかまわない。
僕なら書庫、書斎としたい。
 
しかしなかなか地下室ってつくりにくいのかな。
僕の今住んでいる家も法律だったか条例で、
屋上をつくることも地下室をつくることもできない。
日の当たるところに人は住みたいだろうから、
そもそも地下室を望む人は少ないのかもしれない。
 
以前二子玉川に住んでいた時、
近くの一軒家が空家になってその後更地へ。
それがあるとき帰ってきたら人だかりができていて
近所の人たちが集まって話し合っていた。
地面に大きく空いた穴にビニールシートが曳かれている。
この更地になった家には地下室があって、
取り壊したはずみに地下に引いていた水道管の継ぎ目がずれたしたのだという。
世田谷区の敷設した水道管ではなく私道だったため区の管轄外となり、区が修理することはない。
じゃあ誰がどう修理費を出すのか、皆で分担するのか、もともと住んでいた人に多く出させるのか。
どろどろした議論となってなんだか怖くなり、そのこともあってか引っ越すことになった。
地下室というとそんな問題もあって。
つくるのも難しいけど、維持してまた元に戻すのも難しい。
結局は地面に空いた大きな穴。

檀一雄の見た太宰治

年末年始に青森帰ったとき、東京に戻る前に新町の「成田本店」に立ち寄った。
このときは僕も妻も太宰治にアンテナが引っかかって、
妻は走れメロスをそれぞれ、津軽弁で朗読したものと市川悦子とが朗読したものと
二種類のCD付きの本を買った。
僕は檀一雄太宰治との若き日の交友を回想したものを買った。
元々出版されたのは太宰の1948年の死から割と経過した、1964年。
昨年ペーパーバックで再発された。
 
共にまだ無名の東大の学生時代に出会った。
ありとあらゆるツテから金を借りまくって妹の服であろうと質に入れて
酒を飲んでひどく酔っぱらっては女を買いに行くという無頼な毎日。
もちろん大学は全く通ってなくて卒業できる見込みはゼロ。働き口もない。
その後二人とも最初の小説を出版できることができたが
太宰は芥川賞に落ちて、最初の心中を行う。
檀一雄は兵隊に取られ、除隊してあてもなく満州へ。
30代になろうとし、時代はやがて太平洋戦争へと至るというその頃のこと。
濃密で赤裸々なエピソードばかりが続くが、
檀一雄太宰治と頻繁に会ってたのは昭和10年、11年のたった2年間なのだという。
 
その太宰評が新鮮だった。
教科書とか文学史で出会う太宰像はやはり美化されているというか、
無機的でツルンとしてますね。
 
今、思い出せるものを書き記しておく。
 
・太宰は身の回りで出会うものから次から次に妄想を広げ、
 振り払おうとし、妄想に囚われていた。
 その一方で虚栄心や功名心にも囚われていた。
 
・自殺は自らの芸術を完成させるために行ったもの。
 それでいて家族が困らないように自らの文名が高まった時期を選ぶ
 というように世間の目をきちんと意識している。
 
・女性に惚れるということは一切なかった。
 女性はあくまで妄想を広げるための存在。
 
・働く気は全くないのに手元の金は酒に女にすぐ使ってしまう。
 友人知人、青森の兄、とにかく金を無心し続けた。
 
・蔵書というものはほとんどなかった。
 安い古本を買って気に入ったものばかり読んでいた。
 枕草子とか徒然草であるとか。
 西洋文学だとチェーホフプーシキン
 旅行も好まない。馴れたところにしか行きたがらない。
 
・その文体は落語の影響を受けている。
 寄席に通うことはなく、もっぱらは文字にしたものを読んでいた。
 
・住んだ場所で荻窪時代、船橋時代、甲府時代と
 はっきり文学的境遇が語れる最後の作家かもしれない。
 
・受難者としてのイエス・キリストへの憧れがあった。
 その身を重ね合わせるところがあった。
 
・食へのこだわりはないが、なんにでも味の素をかけて食べた。
 ビールと生卵を飲んでばかりだった。
 
こんなごくつぶし身の回りにいたら困るというか、
その強烈な個性を持て余してしまうだろう。
そんなふうに思う僕は小説家になることはできないのだろう……

01/20-01/26

01/20(月)
 
給料日。
なにげにこの年末年始から不注意による出費が多かった。
Surface の液晶で3万円。妻のトリートメントで7,000円。
ボーナスが思っていたよりも出た、という分がそこで回収される。
 
そういえば土曜、久しぶりに有吉反省会を見た。
ウルフルケイスケ崎陽軒シウマイ弁当を力説というので見たんだけど、
その後に出てきた地下アイドルグループ「燃えこれ学園」がやばかった。いろんな意味で。
彼女たち、キワモノ枠でこれから来るかもしれない。
 
この日は打ち合わせを入れず終日ワーク。
PowerCenter不具合修正の続き。
データの取得先を変えればいいと分かったもの
組んでみたらなぜか何十万件ものレコードになっている。
何かよけいなものを結合している。原因わからず。
 
昼、弁当。昼寝。
定時過ぎに帰る。
明日は通院のため弁当は用意せず。
妻がドミノピザを買ってきてくれる。
クワトロハッピーとクワトロ3ハッピーだったか。
届いたばかりのホットオイルを使ってみる。
酒場放浪記。逆転人生はドリブルデザイナー。
町中華で飲ろうぜは雑司ヶ谷、南池袋。
妻の仕事の話を聞いているうちに午前0時半。
 
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01/21(火)
 
12月の検査入院の結果を機器にお茶の水へ。
閾値をわずかに超えているとCPAP療法へ。
有無を言わさず、という感じだったのでちょっと待ってもらい
マウスピースで様子を見ることにしてもらう。
これから先一生マスクをして機器につながれて寝るというのは受け入れがたい。
しかしこちらの意向を伝えたところ先生の機嫌を損ねてしまったようだ。
裏のすた丼屋でしょうが丼を食べる。
帰り道、東京ドームの辺りの風が強かった。
 
PowerCenterの件、夜あれこれ試していたら解決できた。
しかし原因が今ひとつわからず。
でもまあいいか……
結合テストのうまくいっていないのをフォローしているうちに20時近く。
 
帰ってきて21時半。
鑑定団の後半を見ながら、日清の蕎麦。
迷宮グルメ。
弁当の用意。豚ロースの味噌漬けを焼く。卵を焼く。
妻もまた忙しく終電で帰ると。
午前一時。目を覚まして玄関へ。また寝る。
 
ベネディクト・エロフェーエフ『ヴァルプルギスの夜』を読み終える。
 
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01/22(水)
 
檀一雄太宰治について書いたのを読み始める。
朝、腹の調子が悪いが、途中下車してトイレに駆け込むほどではない。
飯田橋の駅に着いたら駅のトイレに直行しようと考える。
なのに途中からウトウトして気が付いたら一駅先の春日。
慌てて下りて反対側のホームに移る。
 
不具合ひとつ片付く。
もうひとつ同じ条件でデータを取得しているかも、と思っていたのを試してみたら
全然違うとり方をしていたため影響なし。一気にふたつ片付く。
あともう一つは直し方がわかっているため後はやるだけ。
 
朝仕事をしていると肩を叩かれ、
振り向くと以前お世話になった大阪のお客さん。
出張できているのだという。向こうの状況を聞く。
 
昼休み打ち合わせのため、少しや早く弁当を食べる。
不具合が片付いたからか一気にどっと疲れが。
 
早く帰るつもりがそれでも結局19時。
帰ってきて掃除機、水やりなど。
明日の弁当は牛カルビ焼肉のパック、ほうれん草入りの卵焼き。
妻が遅くなるかと LIVIN で安くなったカツカレーを買う。
300円ちょい。自分の分だけ。
そしたら妻が早く帰ることにしたという。
妻はセブンイレブンで総菜を買って帰る。
やきししゃもや長芋のサラダがをわけてもらったらうまかった。
街録を見て寝る。
 
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01/23(木)
 
朝、PowerCenterの不具合2件を対応。
これで一山超えたか……
午後打ち合わせ。
昼、弁当。昼寝。
 
なんだか疲れて定時で帰るつもりがやはり19時半近く。
妻も帰るというので新宿三丁目桂花ラーメンの前で待ち合わせて食べて帰る。
そういえばこの店はパイコーがメニューにないんだな。
帰りの地下鉄で燻製を手軽につくる器具があると家でちょい飲みをするのにいい、
これがいいと聞いたと妻が言うので Amazon で買ってみることにした。
 
明日の昼は例のクリニックに紹介状をもらいに行くので
神保町で食べようと弁当は用意せず。
寒い日だったので風呂を沸かして入る。
お笑い演芸館は再放送。何とはなしに見る。
タイムマシーン3号がやはり面白い。
クールポコが全くアドリブ聞かずやばかったやつ。
 
編集学校でとてもお世話になった方が亡くなられたと連絡があった。
ここ数年病気だとは聞いていたが……
 
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01/24(金)
 
朝、PowerCenterの不具合を一件指摘され、一件自分でも気づいて、二件対応。
軽微なもの。
この日は2件進捗の打ち合わせ。
1週間も最後でぐったり疲れ切る。肩が凝っている。
 
昼、例のクリニックに紹介状を受け取りに行く。
念のため昨日、作成されていることを確認した。
11時にオフィスを出る。
先に神保町に寄ってまんてんでカツコロ一緒。
お茶の水に向かう途中、丸香の前を通りかかると
向かいのカウンターでひとりちゃんこ鍋の店が案の定閉店。
内容も内容だけど、この場所自体がどんな店も長続きしない。
 
定時で出て、新宿のタワレコで取り置きを受け取る。
7階は男性のアイドルグループのミニライヴ。
帰ってきて常備菜の余りのきんぴらごぼう、武田ハムで買った徳用ウィンナー。
チコちゃん。新日本風土記はハワイ。
猫歩きはほぼ寝落ち。
おんな酒場放浪記を見て、タモリ倶楽部も寝落ち。
その次の霜降り明星爆笑問題の番組もすっ飛ばしてその次の番組で目を覚ました。
午前1時半。布団に入る。
 
武漢の新型ウイルスが気になる。
 
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01/25(土)
 
7時半起きで床屋へ。
9時前に着いて一番で切ってもらう。
ラジオでは『世界の快適音楽セレクション』が1000回記念スペシャル。
終わって10時半前。
昼をどこかで食べるには早すぎてまっすぐ帰ってくる。
散歩がてら公園を突っ切ると成増まで。
「道頓堀」というラーメン屋に行ってみようとしたが行列。
もうひとつ気になっていた「きころく」へ。冬限定のこってりした味噌ラーメン。
魚介とんこつ系か。ものすごいかつおだし。でもうまいな、これは。
 
ニトリに寄っていく。
リビングのセンターテーブルが古くなって、一回り大きいのにしようと。
ちょうどいいのが見つかって妻に写真を送る。
島忠も見ていくがやはり先ほどのニトリのがいい。
カリカリを買って帰る。
ライフに食材の買い出し、クリーニング屋へ。
妻が帰ってきて、車でニトリへ。
先ほどのセンターテーブルの取り寄せ手続きをする。
旬に行ってみる。貝焼味噌をやろうとホタテ貝の貝殻の大きいのを探すがどれも小さい。
夜食べるかと穴子の天ぷらとあん肝を買って帰る。
 
イタリアを見て、昨晩届いた燻製器でさっそくつくってみる。
1回目はゆで卵とウィンナー、2回目は竹輪とミックスナッツ。
本格的ではないけど、それなりにしっかり燻製されている。
手にべっとり茶色いのがついて、それがなかなか落ちなかった。
妻の選評の手伝い。
その後三和のお笑い向上委員会。
おしんの再放送をまた見てしまう。
山下真司のバカ息子っぷりに辛くなる。途中でやめて布団へ。
午前0時半。
 
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01/26(日)
 
明け方目が覚めて雨。
天気予報では雪の可能性もあった。
9時に起きて常備菜の準備。
ブロッコリーを茹でる。
切り干し大根の煮物。
イタリアの再放送とLazy Sundayと。
昼はベーコン、ブロッコリー、玉ねぎ、にんにくでトマトソースをつくってパスタ。
先日妻が取材したレシピで和風ミートローフ。
 
Lazy Sunday が終わって妻のセーター、スカートをクリーニング屋へ。
やまやに寄って缶ビール、缶チューハイを買って帰る。
大相撲千秋楽。2敗の正代が勝つも、1敗の徳勝龍も勝って優勝。
妻と友人のやりとりを昨日から聞いている。もちろん熊本出身の正代が優勝してほしい。
宇土市で開催されているパブリックビューイングの模様が中継されるが、
これは一週間前から始まっていたのだという。
優勝したら花火を30発上げるつもりだったとも。
徳勝龍って誰だっけ? と思っていたが、聞くと十両と前頭を行き来してたいして強くない。
今回も三役との取組はほとんどなかった、
そんな徳勝龍と正代、高景勝が同じ優勝争いという扱いなのは違和感があると。そうだよな。
最も低い番付からの優勝で神懸かり、下克上と呼ばれているが、来場所どうなるか。
またころっと負け越すんじゃないか。辛い戦いは今場所ではなく、あくまで来場所。
ウルトラクイズで史上最強のクイズ王と謳われた人が何人かいるが、
それと同じように史上最弱のクイズ王というか、
たまたま運を味方にして勢いでなってしまった人もいるというのを思い出した。
 
笑点を途中から、世界遺産ミャンマーのパガン、モヤモヤさまぁ~ず2は川崎。
夜は熊本で買った餅でレトルトのお汁粉。
たまたまつけたテレビでスキーのジャンプの女子。
高梨沙羅2本目はいいジャンプだったが1本目が不調だったようで表彰台に立てず。
妻から昨日聞いて思わずAmazonで買った『長い長い散歩』という漫画が届いて読む。
老猫を看取る話。涙が出る。みみたもそういう日がくるんだなあと。
23時半に寝る。

LA-PPISCH『ポルノ ポルノ』

クリーニング屋に行って、その帰りにやまやで缶ビールを買うかと
ジャージのままダウンジャケットを羽織って外に出る。
ふと目に留まって LA-PPISCH『ポルノ ポルノ』にした。
LA-PPISCH史上5本の指に入ると個人的に思う稀代の名曲「プレゼント」がある。
ベストアルバムに入っていた「ポルノ」の抒情パンクもいい。
「柘榴」も人気ですね。
「風船おじさん」という歌詞もそのままの曲に時代を感じる。
…って、驚いたことに発表が1995年で、今から25年前の作品だった。
四半世紀前。そんなに経つのか。
1995年って僕が20歳の年じゃないか。
つい10数年前という感覚がある。
 
彼らにとって一つのターニングポイントになった作品。
CMで使われたりと1990年の「make」が人気のピークか。
その後「FLOWER」「マイム」と地味な作品が続いた。
たぶん売り上げもがくんと落ちただろう。
LA-PPISCHとは「子供っぽい」の意味。
彼らも大人になって消えていくのか、と思っていた。
 
彼らにも焦燥感があったのか、そしてそれが吹っ切れたのか、
『ポルノ ポルノ』はデビュー時の傑作『LA-PPISCH』や『WONDER BOOK』を思い起こさせる
ハチャメチャ路線に突如戻っていた。パンク、スカ、ファンクのごり押しごった煮ミクスチャー。
おお! LA-PPISCH が戻ってきた!! と当時すごく喜んだ覚えがある。
 
でも今聞くとこの『ポルノ ポルノ』も若さを取り戻したというよりも
あえて暴走ダンプカーのようにアクセル踏みっぱなしにすることで
無理やり勢いをつけたというか。
なので28曲で59分、鼻唄のような一瞬で終わる曲もあるし、
プロデューサーのホッピー神山とつくった実験的な曲が大半。
それなりの長さの歌ものの曲も総じてクオリティーが高いとは言えない。
でもこの歌未満の曲を取り除いたら
すっきりしていいアルバムになったかというとそうは思えない。
この雑多な、猥雑な感じこそが LA-PPISCH であり『ポルノ ポルノ』なんだろうなと。
その再確認を行うための手続きとして必要とされた作品。
 
ここで取り戻したエネルギーが次作の一大傑作『Q』へと花開く。
破天荒なパワーを賢くコントロールして押したり引いたり、
その抒情性高い楽曲をハイテンションに繰り広げる。
『ポルノ ポルノ』はまだ助走で、『Q』こそが真の LA-PPISCH の帰還、凱旋だとわかる。
次のシングル『記憶喪失』もよかったな。
残念ながら彼らの二度目の全盛期は長くは続かなかった。
その後の『Dogs Can't See Colors』も悪くはないんだけど。
ほんと、大人になっちゃったなという。『Q』の再生産というか。
『ポルノ ポルノ』は彼らがバンドとしての30代を前にして最後にあがいてみせた作品だった。
 
クリーニングの預かり票をポケットに、缶ビール、缶チューハイの入った袋を手に帰ってくる。
次にこのアルバムを聞くのは10年後ぐらいかな。
「柘榴」も「風船おじさん」も名曲だけど。

燻製というもの

来週の土曜、知人を招いてのホームパーティー
何をつくろうかと考えていたところで、
たまたま妻と一緒に帰ったときに見かけた駅の広告で、燻製いいねと。
今は専用の機器があって簡単にできるんですよね。
妻が先日ドウシシャの製品がいいと聞いてきたということもあってじゃあそれにしようと。
地下鉄の中でさっそく Amazon にオーダーする。
3,000円もしない。安い。
 
次の日届く。(こんなとき置配はありがたい)
球形で上半分がガラス、下半分が鉄と分かれている。
旅館の夕食で出るような固形燃料を底の所定の位置に置く。
真ん中の位置の鉄製の皿に付属のチップを少し入れて、
その上に置く陶器の皿に食材を並べる。半球型のガラスの蓋をする。
1回目はゆで卵、ウィンナー、2回目はミックスナッツ、竹輪。
固形燃料に火をつけて8分ほど燻して、その後火を消して10分程放置して出来上がり。
それぞれの食材がしっかり燻されていてびっくり。おいしい。
こんな簡単にできるんだと。
会社の人たちとBBQをやったとき、
上級者の先輩たちは持ってきた桜の木のチップと
その辺で調達した段ボールでチーズの燻製をつくっていた。
 
思ったほど煙が出ず、匂いはするが、
キッチンの換気扇をつけた場所で利用すればさほど気にならない。
しかし食材を置いた皿はこげ茶色に汚れ(特に裏側が)、
燻製器そのものを置いた場所も同様に焦げ茶色に汚れた。
Amazon のユーザーレビューを読んでも
これが許容範囲かどうかというとこに終始していた。
でもまあ、こういうの何を使ってもそれなりに汚れると思う。
 
簡単にできておいしいとなると他を試してみたくなる。
この前買ってきた武田ハムのチャーシューでやってみたらおいしいんじゃないかな。
家の近くに練馬区では有名な漬物屋があって、
そこでたくあんを買ってきていぶりがっこにしたら絶対おいしい。
昨年広島で入ったバルが燻製肉を目玉にしていて、
食材ごとにリンゴの木とかチップを変えていたな。
そういうとこ凝ってみるのも面白いだろうな。
燻製にはまる人の気持ちが分かった。
 
神保町には燻製にした食材をトッピングにするカレー屋があった。
要町には燻製ラーメンの店があって人気だという。
明日はカマンベールチーズとベーコンを燻製にしてみるか。
いろんな食材で試してみたくなる。
見るもの皆、燻製にしてみたくなる。

芸人として大成するということ

この前の日曜の『モヤモヤさまぁ~ず2』で
心に残った、というか引っかかったことがあった。
 
何回か前の回で、さまぁ~ず一行は強力なゴムで手足を吊り下げてアクロバット体験を行うことになった。
逆バンジーのようにおもいっきり後ろに吹き飛ばされて宙を舞うというもの。
オマエもやれよと弟子の若手芸人も最後にやることになって、その際、なにか持ちネタを披露しろと。
「小ナマーイ」で小さくポーズをとって、「中ナマーイ」で少し大きくなって、最後に
「大ナマーイ!!」で手足を伸ばして爆発を表現する。つまり、ダイナマイトですね。
特に笑えるものではなく、まあ失笑もの。
この「大ナマーイ!!」を合図にストッパーが外れて、
彼は伸び切ったゴムの力で行き意欲空中に打ち上げられた。
 
視聴者からのお便りで、幼稚園児がこのときの録画を何度も繰り返して見て
「小ナマーイ」「中ナマーイ」「大ナマーイ!!」とテレビの前で真似をするのだという。
確かにこういうの、小さい子は好きかもしれない。
それをビデオに撮ったものをさまぁ~ず一行がタブレットで見て、若手芸人の彼は思わず涙ぐむ。
本気で泣き出す。「一人でも気に入ってもらえてうれしいです」というようなことを言った。
 
それを見て三村マサカズが一言、ポツリ、
「あ~あ、こいつ芸人として大成しねえな」
 
後輩いじりと言えばそれまで。
先輩はひどいなー、と思って笑えばそこでおしまい。
こういう無責任な発言はむしろさまぁ~ずっぽくていい。
 
気になってここ二三日、この時の発言の意図を考えた。
やっぱ芸人たるもの、
そこでさらに笑いに変えなきゃいけないんですよね。
どんな機会も笑いに持っていく。
 
家に帰って一人きりになったときに泣くのはいい。
だけど人前で素の自分に戻って泣いたりしたらいけない。
それはプロのすることではない。
そういうことなのだろうと。
 
吉本しかり、芸人はたくさんいる。
しかしテレビに出て売れているのはほんの一握り。
若い彼もなかなか厳しそうだな……
その存在感や間合いだけで笑いがとれる、というところまでいかないといけないのだろう。

*[ノンカテゴライズ] 尻尾というもの

 

猫の尻尾は面白いなあと思う。
なんであんなに自由自在に動くんだろ。
ピンと伸びて高く突き上げたり、ぐにゃっとなったのを振ってみたり。
時々すごく長い猫をテレビで見かけるけど、
うちのみみたは短めで先が少し丸まっている。
なのであまり尻尾に表情がない。
それでもボールをくわえてきて投げてほしい時には、尻尾をヒクヒクさせてうれしそうだ。
妻の祖父だったか、そのような猫を「蔵の鍵を持っている」と呼んでいたと妻から聞いた。
昔の人は家が繁栄すると鍵のある猫を大切にした。
 
人間も尻尾を退化させず、長いのを持つべきだった。
表情と並んで重要なコミュニケーション手段となっただろう。
長い尻尾、短い尻尾、太い尻尾、細い尻尾。
体格に合わせて人それぞれ。
器用に動かせる人、そうじゃない人も様々か。
ズボンのお尻のところに穴が開いていて尻尾がニュッと伸びている。
電車の座席に乗っていると長い尻尾の人が前に持ってきて、巻いて膝の上に乗せているとか。
あるいはそれがむき出しになってるのは失礼に当たる、
ないしは寒いと袋の中にしまっておくとか。帽子のように。
 
F1のレーサーはコーナーに差し掛かるとき、
ハンドルを切るというよりもお尻の穴を微妙に動かすことで調整するのだという。
それが尻尾の先になる。あるいはその付け根か。
レーサーになりたかったが、尻尾が太くて不器用で泣く泣く諦めるということも出てくる。
逆に理想的な尻尾を持っているのに本人に興味がないということもあるだろう。
そんなふうに尻尾が成否を左右する職業も出てくる。
モデルになりたいのに、尻尾だけがどうも……、とか。
しかしそれを個性として売り出すというケースも。
鍛えたら電車の吊革に尻尾だけで掴まって全体重を支えるとか。
ボルダリングフリークライミングもかなり性質が変わる。
体操競技もそうですね。
 
手の指や目といったものを人間の知覚が利用するデバイスと考えるとき、
尻尾を不要としたというのは
受容する情報量や行動の選択肢が多くなりすぎるために
あえて選択肢を狭めたということなのではないかな。
僕みたいにギターを弾きながら歌うということができずにどちらか片方だけ、
という人間にはさらに尻尾というのは難易度が高すぎる。
たぶんそういうことなのだろう。