iPhone問題その後

 
去年の11月だったか、iOS のアップデートに絡むのか絡まないのか
いろいろと動作が不安定になり、バックアップから復元。
音楽ファイルが全部同期できなくて途中で止まって歯抜けに。
同期した音楽ファイルを一度全部消して、少しずつ小分けにしてまた再度同期していった。
 
昨年ぐらいからなんかどうも同期後のアルバムの表示がおかしくて、
iOS のアップデート後に解消されたものもあれば、また新たな事象が発生したりで
全面解決には至らず。
そのうちのいくつかを改めて紹介したい。
同じ事象で悩んでいる方がいたらぜひ意見交換、情報共有したい。
 
1)
オムニバスが「?」内で1曲ごとに分割される。あるいは一部の曲のみ分割される。
あるいは「あ~Z」にまたがって分割される。
曲ごとに分割されると使いにくいので、暫定的に
アルバムアーティスト名に「#999. Tribute To Joni Mitchell」などと補足して入れて
数字の 「#」欄に集約した。
こうすると他のオムニバスの入った「?」欄ではないが、一応、曲がばらけず一枚のアルバムとなる。
 ⇒ こちら、今に至るまで解決されず。
   「#999. 」とすると「#」にはいってしまう。
   「?」欄に入れる方法は今のところ見つからず。
 
2)
オムニバスが、その収録されたアーティストの名前のうち先頭のところで表示される。
「?」欄ではなく、Caetano Veloso だと「C」欄となる。
こちらも暫定的にアルバムアーティスト名を「「#999.~」として集約していた。
 ※今回の事象全般で、起こりやすい一人が Caetano Veloso   対象となるアーティストの法則性が分からず
  ⇒ こちら、どこかの iOS のアップデートで解消(?)
    昨日・今日と一度同期対象から外し、
    アルバムアーティスト名を削除して再度同期することで解消された。
    ただし、一部のオムニバスで、場所は「?」に戻ったものの
    アーティスト名の表示が「様々なアーティスト」ではなく、
    例えば Caetano Veloso となっていて引き続きなんかおかしい。
 
3)
オムニバスではないごく一部のアルバムが
オムニバス用の「?」欄とは別の、もうひとつの「?」欄が生まれそこに移される。
アルバムアーティスト名を別途指定、目立たないように「Caetano Veloso_」などと変更したら
「C」欄に戻った。
  ⇒ こちらも、どこかの iOS のアップデートで解消(?)
    昨日・今日と一度同期対象から外し、
    アルバムアーティスト名を戻して再度同期することで解消された。
 
4)
オムニバスではないごく一部のアルバムが、オムニバス用の「?」欄に移って表示された。 iOS アップデート直後。
  ⇒ 一度同期対象から外し、再度同期することで解消された。
    ※ただし、その後もう一度発生。
     昨日今日の一連のリカバリ作業の中で何枚か、別のアルバムで発生。
     同じ手順ですぐ解消。
     同期すると起きるのか、iPhone 自体の再起動で起きるのかわからず。
     1)2)などのリカバリを試すうちに何かが引っかかって発生したような気がする。
 
5)
オムニバスではないごく一部のアルバムが数字の「?」欄に移って表示された。
  ⇒ 確か、次のiOSのアップデートで解消された、だったと思う。
    結構な数のアルバムが対象となったので焦った。
 
1)と2)と5)の発生は確か2023年末から2024年初めにかけて。
3)と4)は2024年の年末ごろ。
どの iOS アップデートに起因するものなのかはさすがにメモせず。

先週買ったCD #218:2024/01/06-2025/01/12

2025/01/06: diskunion.net
[国内中古] Material 「The Third Power」 \680
[国内中古] Mad Professor 「Dub Me Crazy!!」 \1700
 
2025/01/10: メルカリ
[国内中古] 高田渡 / 高田漣 「27/03/03」 \1600
--- Material 「The Third Power」
国内盤の中古CDを買うときは必ず、帯付きのものにする。
どれだけ珍しいCDで、何年も探していたものであっても帯が欠けていたら諦める。
帯そのものは何の音もしないのに。
潔癖症かというとそんなことはない。
ただ単に新品で売っていたときのセットでそのまま欲しいだけ。
ブックレットとは別に、帯自身にも読むべき情報はけっこうあるし。
(なので、帯だけ捨てる人の気持ちがよくわからない。
 ブックレットもケースも捨ててCD本体だけ保管するというならわかるけど)
 
帯付きにこだわりだしたのがいつからなのか思い出せない。
高校生や大学生の何年かまでは帯付きにこだわらず買っていた。
なので、帯がなく収まりの悪いCDが結構な量で今もある。
これも大人買いなのか、何年か前から、
帯無しで持っていたCDの帯有りが中古で見つかったら買い直している。
買い直したところで iTunes に取り込んで音が変わるわけでもないのに。
 
ブックオフやDiskUnion で安くすぐ入手できたものもあれば
何年かかっても見つからないものもある。
その、帯無しCDのリストも手元にある。
だけど他の人に見せて面白いわけでもない。
 
そのリストの中の1枚が、今回の Material の国内盤。
 
一度、国内盤帯付きの中古を目の前にしたことがある。
数年前、JALの『どこかにマイル」』で徳島に当たったとき、
徳島駅周辺の『ジャクソンズ』という中古CD屋がいいと知り、行ってみた。
確かによかった!
ライ・クーダーのサントラ2作『The Border』『Alamo Bay』を1枚にしたものがあった。
つまり、ライ・クーダーの名曲”Across The Borderline” って
再録ものばかりがアルバムに収録されているんですよね。
そのオリジナルが収録されている。しかも国内盤。
こんなのあったんだ!?
これぞ、収穫。
 
そんなときに同じ棚に見つけるも、さすがに買わず。
1,000円を超えていたのがどうか、というのもあるが、
旅先でわざわざ帯付きの買い直しに手を出さなくても…… という。
 
そこから再度出会い直すのに数年かかった。
中古CD道も奥が深いんだか。
 
そんな前置きはともかくとして。ようやく入手した
Material 「The Third Power」(1991)について。
 
ヒップホップ系鬼才プロデューサー、ビル・ラズウェルのユニット、後に一人ユニット。
活動初期は同じぐらい鬼才プレイヤーのフレッド・マー(Scritti Polittiなど)や
同じく鬼才プロデューサーのマイケル・バインホーン(レッチリの「母乳」など)が在籍していた。
ビル・ラズウェル自身は Public Image LTD. の「Album」(1985)と言いたいところだが、
一番売れたのはハービー・ハンコック「Future Shock」(1983)とその収録曲”Rock It” だろう。
この曲はグラミー賞も受賞した。
あるいは坂本龍一『NEO GEO』(1985)か。
 
ビル・ラズウェルは基本雑食で、アンダーグラウンドなグループにも参加、または主催。
1970年代の活動初期には New York Gong に参加、
1980年代にはアントン・フィアーの The Golden Palominos や
フレッド・フリスの Massacre にも。
1990年代にはジョン・ゾーンとの Painkiller も。
 
Material はやっぱ1作目「Memory Serves」かなあ。
ビル・ラズウェル自身の原点。
アンダーグラウンドもオーヴァーグラウンドも全ての見取り図がここにある。
 
「Temporary Music」(1991)
「Seven Souls」(1989)
「Hallucination Engine」(1993)
「Live in Japan」(1993)
「Live from Soundscape」(1994)
といった辺りもよかったな。
刺激的な、ノンカテゴライズな音。
オルタナティヴなダンス・ミュージック。
多国籍が高じて無国籍になる、というような。
 
「The Third Power」は学生時代に見つけて買って、よくわからなかったんだろうなあ。
全然聞いた覚えがない。
今ならこれ、かなりしっくりくる。
解説を読むと、レゲエ史上最強のリズム隊、
スライ&ロビーのアルバムとしてつくり始めたらしい、とのこと。
なのでレゲエとヒップホップとのちょうどいい掛け合わせ。
これ、当時は相当尖った音なんだろうな。
でも今も聞いても全然古びてない。さすが。
 
シャバ・ランクスやジャングル・ブラザーズが参加した曲から始まって
3曲目の ”Cosmic Slop” は Funkadelic ですね。
ブーツィー・コリンズやゲイリー・シャイダーがギターで参加なので
Funkadelic の再現も容易だったんだろうなあと。
4曲目は The Last Poets のカバー。
よく聞くとこれ、あれですよね。
The Pop Group ”One Out Of Many” の元歌。
 
そんなわけで20年ぶりかそれぐらいに聞き直して、
もしかしたら Material の最高傑作ってこれだったのかも?
ビル・ラズウェルのソロ、「Baselines」(1983)
「Hear No Evil」(1988)には少なくとも並ぶ。
いやあ、まあ、80年代と90年代前半まではどれもだいたい、当たり。

身辺雑記:01/06-01/12

01/06(月)
 
9連休明け。
7時前起き。
久しぶりの縄跳び、クッション腹筋、エアロバイク。
カーネーション、おむすび、猫歩きミニ。
朝風呂に入る。コーヒー、リンゴ。
多読アレゴリア、プレイリスト作りが盛り上がっていて
僕も作ってみる。テーマは干支。
 
打ち合わせがひとつあるのみでゆっくり仕事に慣らしていく。
昼前に雨。晴れたりやんだりを繰り返す。
LIVIN に買い物。昼はうどんを茹でる。
昨日の昼に大岡山の新発田からもらってきた天かすと
昨日の夜に上野毛ヨークマートで買ったかきあげを乗せて食べる。
夕方から本格的に雨。
報告打ち合わせも手厳しい指摘が相変わらず。
しかしこの1本で仕事は終わり。
 
こころ旅の総集編。
風呂を沸かして入る。
夜は大根おろしとツナ缶のパスタ。
酒場放浪記。
月曜から夜ふかしがなしで、町中華で飲ろうぜの再放送。
23時過ぎに寝る。
 
---
01/07(火)
 
7時前起き。引き続き雨。
クッション腹筋、エアロバイク。
カーネーション、おむすび、猫歩き。
朝風呂、コーヒー、ヨーグルト。
 
仕事を開始。
洗濯物を干して9時半に家を出る。
車の中でも仕事。
11時前に自由が丘の店に着く。
バックエンドで打ち合わせを2本。
 
終わって豆点。ちゃんぽん。これが最後かも?
午後休で片付けの手伝い。
ダイソー、ドラッグストア2軒回って
捨てる段ボールももらいにいく。
16時まで片付け。
車に詰めるだけ積み込んで大岡山の倉庫まで3往復。
ヤマザキマリラジオの後追いを聞く。ゲストはみうらじゅん
終わって家に持って行く分を積む。
ヨークマートに寄ってまた焼き鳥、巻きずしなど。
段ボールももらう。
 
家に着いて鑑定団を見ながら食べる。
風呂に入る。
多読アレゴリアの返答をいくつか。
午前0時前に寝る。
 
---
01/08(水)
 
6時半起き。朝風呂。
カーネーションを見て出社。
ブレイディみかこ『This Is Japan』の続きを読む。
午前中と午後と打ち合わせが数本ずつ。
見限られたなあと感じる。
そこにいるだけの人になっている。
昼、裏のインド料理屋でチキンビリヤニ
 
18時半前に打ち合わせが終わって飯田橋のアンテナショップへ。
閉店前に間に合って熊本帰省のお土産のお菓子を買って帰る。
風呂を沸かして入る。
夜は一日遅れで七草がゆを作る。
妻の店の片づけが遅くなり、柿の種などでウィスキーをロックで。
ぼっちキャンプの再放送。
妻が帰ってきて車から、店の荷物を家の中に運ぶ。
まずはいったん玄関に段ボール箱を積む。
七草がゆを食べる。
午前0時前に寝る。
 
--- 01/09(木)
 
7時前起き。
縄跳び、クッション腹筋、エアロバイク。
カーネーション、おむすび。猫歩きはなし。
朝風呂、コーヒー、ヨーグルト。
この日は社内の打ち合わせばかり。家で過ごす。
 
iPhone に入れたアルバム、iOSをアップデート後
なぜかオムニバスに移動したものが多々あり。
一度 iPhone から外してまた入れ直すと元に戻るが、
相当な量のアルバムが対象で。
一日かけて仕事の合間にずっとそれを。
 
昼はうどんを茹でる。
大岡山の志波田でもらった天かすを入れる。
定時で終わり。
こころ旅の総集編を見る。2023年の京都。
 
妻は自由が丘の店の鍵を返しに行ってそのまま打ち上げ。
僕はカップヌードルの担々麺。
サラメシ。
ケンミンショーは過去の各県登場ランキング。青森は5位。
華大の家呑み。
ケンコバのビジホ呑みは寝落ち。
ベストヒットUSAを見て寝る。
 
--- 01/10(金)
 
6時半起き。朝風呂。
カーネーションを見て神保町に出社。
昼前に打ち合わせが一本。
体制補強について。
つつがなく終わってほっとする。
昼は近くのハワイの店でフライドライス。
 
昼休み、PASSAGE に搬入。
金子さんが一日店長で自動車ジャーナリズムの大御所と思われる人たち、
そのファンと思われる人たちが何人もいた。
 
午後2本打ち合わせ。
他、資料作成など。
定時で終えて帰って来る。
家に戻ってきて、iPhone に入れたアルバムを直す、の続き。
夜は妻がつくってくれた生姜焼き。
新日本プロレス、ツマミになる話。
おんな酒場放浪記を見て寝る。
 
--- 01/11(土)
 
6時起き。家の中を片付けて
ペットシッターさんを受け入れる準備。
7時過ぎに家を出る。
シンコーミュージックの文庫の『ロックの伝道者』を読み始める。
 
9時に羽田着。
妻がお土産を買う。
保安検査場、妻はeチケットを表示させようとしてログインできず、
入った入ったで筆入れの中のカッターナイフが引っかかって預入。災難つづき。
蕎麦屋に入って食べる。僕は肉そば。
10時、羽田発。
ブレイディみかこ『This Is Japan』など何冊かの文庫を交互に読む。
そのうちにうたた寝
 
12時、熊本着。カッターナイフの受け取り。
Baggage Claim にて箱に入って回って来る。
義父母と再会。
熊本市内へ。
昼はいつもの勝烈亭で。
黒豚の厚揚げと海老フライのセット。
御飯をお代わりして食べ過ぎた。
 
叔父二人がそれぞれ引っ越して新しい家に。
お土産を持って挨拶に行く。
家に戻ってきて一息ついたら近くを散歩。
ヒライを覗いたのちに、ゆめタウンへ。
紀伊国屋書店で『熊本怪談』を買う。
夜は水餃子、豆乳鍋
田苑という九州の焼酎を開けて飲む。
 
食べ終えて風呂。
『This Is Japan』を読み終える。
『熊本怪談』を読み始める。
お笑い向上委員会を見て寝る。
 
--- 01/12(日)
 
6時に目が覚めて外が暗い。
7時半起き。
義父がトマトジュースを飲みなっせと持ってきてくれる。
朝食。昨晩ヒライで買ったコロッケをパンに乗せて食べる。
ヨーグルトにリンゴ、バナナを和えたもの。
妻が昨日羽田空港で買った玉子焼きの残り。
 
孤独のグルメの映画版を見に行く。
義父が車で送ってくれる。
いい話だったと思うが、最近また映画が高くなったような。
グッズで儲けようとしてるんだな。
 
また義父に来てもらって、送ってもらう。
「ホイロ」というオムライスの有名な店に行ってみるも満席で断念。
歩いて上通りの方へ。
「チャーリー」という手づくりのジーンズショップに入る。
シャツにトレーナーにたくさん買い込んでしまった。
 
さらに歩いて上通に入る。「こむらさき」で食べる。
妻は普通のラーメンを、僕は特製のチャーシュー麺を。餃子を追加。
スープがあっさりしていておいしい。
ここは創業70周年、熊本ラーメン発祥の店なのだという。
食べ終えて古着屋を見て回った。
 
蜂楽饅頭を手土産に買って妻の友人のNさんの家へ。
熊本電鉄に乗って一駅だが、次のが20分後だったので一駅歩くことにした。
住宅街の中を歩いた。カメラを構えた若者や年配が4人、電車が来るのを待っていた。
Nさんの家であれこれ話す。
18時半までいて、車で送ってもらった。
 
夜はハンバーグ、サラダ、クリームシチュー。
やはり腹いっぱいになってしまった。
引き続き焼酎「田苑」を飲み、『熊本怪談』を読んで過ごす。
中川家のコントを見て寝る。

熊本へ その3

昨晩は映画版『孤独のグルメ』のパンフレットを読んだのち、『熊本怪談』へ。
やはり田原坂は出るんだな……
中川家のコントを見る。プラス・マイナスの兼光タカシ。
執拗にコンビ解散の原因を聞かれ、執拗に巨人師匠の物真似を強いられる。
巨人師匠が「Bling-Bang-Bang-Born」をやるならパ行にするのがいいと。
大笑いさせてもらった。
午前0時前に寝た。
 
7時に起きて、カーネーション、おむすび、こころ旅。
朝食は昨晩のホワイトシチューとおにぎり。
 
食べ終えてパジャマをジーパンに着替え、荷物をまとめる。
小川洋子の選ぶ内田百閒のアンソロジーを読む。
そのうちに眠くなってこたつの中で昼寝。
 
10時を過ぎて家を出る。
明日から仕事の僕がひと足先に東京に戻る。
近くのヒライに立ち寄ってちくわサラダを2本、海苔弁当の中身を詰め込んだおにぎり、とりてん、玉子天ぷらを買う。
 
空港に向かう途中、僕のリクエストで資さんうどんへ。
僕はカツ丼と牛とじ丼の相盛りと、ミニうどんのセット、ごぼう天3本ととり天をトッピングで追加。
うどんは何より出汁がよかった。関西の醤油味ではなく、まさに出汁そのものの味。
塩と昆布と鰹なのかなあ。シンプルで迷いがない。
カツ丼と牛とじ丼はタレが同じなのかな。甘くてちょうどいい。
というかうどんの出汁の塩加減に合わせてるんだろうなあ。
 
空港に行く前に近くの墓地にお参り。年末に備えたという花がまだ萎れていない。
妻が水を入れ替える。
 
空港に着く。すぐ保安検査場へ。
妻と義母とそこで別れる。
身の回りの何人かにあげようと土産物屋で阿蘇の牛乳キャラメルを買う。
少し遅れて搭乗開始。
前後も隣も子連れの若い夫婦たちに挟まれる。
隣の席の夫と後ろの席の妻との間で絶えず飲み物やパンを行き来させていた。
内田百閒の続きを読んで過ごす。
空港が混んでいて、10分ほど到着が遅れ。
モノレール、大江戸線と乗り継いで帰ってくる。
 
LIVIN に寄って帰って、みみたがスリスリ。
クリーニング屋にワイシャツを持っていく。
帰ってきて、こころ旅クラシックを見る。
夜はヒライのあれこれを。
新聞のクロスワードパズルを解いて、『熊本怪談』の最後の方を読む予定。
明日は、仕事。

熊本へ その2

昨晩はお笑い向上委員会を見て寝た。
義母から誕生日のプレゼントとして、モコモコと温かいパジャマをもらって
夕方からずっとそれを着て過ごしていた。
 
6時過ぎに目を覚ますもまだ暗い。
熊本が東京よりも西に位置しているからか。
7時半まで二度寝
1階に下りて、義父が健康のためにとトマトジュースを。
朝食。妻の羽田土産の玉子焼き。
昨日ヒライで買ったコロッケをパンに乗せて食べる。
大きくてほっこり。これで100円しないのはすごい。
他、リンゴ、バナナ、ヨーグルトなど。
 
9時半に家を出て近くの映画館へ。
義父が車で送ってくれる。
昨日も熊本にしては寒かったが、今日も最高気温6℃
午前中は雪という予報だったが、日が出ている。
 
映画版の『孤独のグルメ』を見た。
映画1本が大人2,000円。パンフレットが990円。
夫婦二人で5,000円かかる。
そりゃ映画館に足が遠のくなあ。
 
見終わって、いい映画だった。普通にいい話だった。(個人的にはダニエルがよかった)
初監督の松重豊監督も奇を衒わず、気負わず、ドラマ版に忠実であることに徹していた。
それが良くも悪くも、であって、だったらBSで年末に見る特番と何も変わらない、
むしろあっちはタダで見れるのに、というところがモヤモヤしなくもない。
今、いろんなテレビに出まくって雑誌のインタビューを受けて一生懸命アピールしてる。
どれだけ人が入ってるかなあ。熊本ではガラガラだった。
孤独のグルメファン、松重豊ファンとしてはヒットしてほしい。
 
見終わって12時過ぎ。
繁華街に出ようとバス停を検索するも最寄りのバス停は本日運行なし。
その次に近くの病院前のバス停は1時間待ち。
結局義父に来てもらった。
子飼橋近くの「ホイロ」でに行ってみようということになり近くまで送ってもらう。
オムライスの有名な店。
震災前は上通りに店を構えていたが、移転したようだ。
カウンターと奥にテーブル席がひとつだけの小さな店。
入ってみたら満席。しかもどの席も食べてる人はいなくて、一巡したばかりだったのか。
ここから食べ終わる人が出てくるのを待つのもかなり時間がかかるだろうなあと諦めた。
 
新屋敷というエリアを通って上通に向かう。
途中、妻が熊本のタウン誌の仕事をしていたときに取材したことのあるという
「チャーリー」という店に入る。
岡山から買い付けた生地でジーンズを作っている。今年20周年とのこと。
妻が取材に来たことを覚えていてくれた。
ジーンズ以外に仕入れている服もよく、
僕は長袖のシャツにトレーナーを2種類、妻にもワンピースをプレゼント。
コーヒーを出してもらったり、阿部真央が好きでという話を聞いたり、とてもいい店だった。
シンプルなデザインでこれから何年も着ることができる。いい買い物ができた。
今度は夏に来てみたい。Tシャツもいくつかかっこいいのがあった。
 
歩いて上通に入る。「こむらさき」で食べることにする。
妻は普通のラーメンを、僕は特製のチャーシュー麺を。餃子を追加。
妻は高校時代、よくここで食べたという。
バラ肉のチャーシューはざくっと大振りでだけどホロッと柔らかい。
スープはあっさりしていて優しい味。それでいてクリーミー
なんというか、罪悪感なく最後まで飲み干せる。
ここは創業70周年、熊本ラーメン発祥の店なのだという。
 
食べ終えていくつか上通の洋服屋、古着屋を見て回った。
この後、友人宅へ。お土産に蜂楽饅頭を買おうとするが、いつもと違って行列。
何かあったのか、テレビに取り上げられたのか。
 
友人のNさんには青熊書店のロゴを作ってもらって、いつもお世話になっている。
熊本電鉄に乗って一駅のところ。
藤崎宮前駅はここにほんと駅があるの? と思うぐらい寂れた場所で。
ホームに着いたら次は20分後だという。
他に乗客のいない、人気のない、駅員すらいないホームで待つのは辛いなと
一駅歩いていくことにした。
住宅街の中を歩く。単線の線路が普通に道路と並行して走っている。
ある地点では三脚にカメラを据えた若者や年配が4人、離れて電車が来るのを待ち構えていた。
あとで義父に聞くと、昔からの鉄道なので民家すれすれに走る他にはない写真が撮れる、
しかしその分事故も多いのだと。
 
Nさんの家であれこれ話す。
というか妻とNさんとNさんのお母さんと3人が話しまくるのを聞く。
そのうちに眠くなってきた。思えば上通エリアを歩き詰めの一日だった。
18時半までいて、車で送ってもらった。
 
夜はハンバーグ、サラダ、クリームシチュー。
やはり腹いっぱいになってしまった。
今晩も焼酎「田苑」を飲み、『熊本怪談』を読んで過ごす。
 
 

熊本へ その1

ここ数年の流れとして、正月3が日は青森へ帰省。
その次の週の成人の日の3連休は熊本へ。
 
6時起き。朝風呂に入ってあれこれ片付けて7時半前に家を出る。
みみたは「またいっちゃうの?」とキョトンとして目でこちらを見る。
 
大江戸線からモノレールへ。
シンコー・ミュージックのかなり昔の文庫
『ロックの伝道者』というインタビュー集を読む。
 
9時に羽田に着く。
妻がおみやげを買った後保安検査場へ。
妻はeチケットを表示しようとしてログインがうまくできず、
紙の搭乗券を出し直してもらう。
いざ入ったものの筆入れの中のカッターナイフが引っかかって
預け直し、入り直し。なにかとついてない。
 
搭乗口近くの蕎麦屋に入る。
妻はかけそば、800円。
僕は肉そば1200円に揚げ玉150円だったか。
悪くはなかったが、都心のきれいな立ち食い蕎麦の倍ぐらいの値段。
空港って場所代が高いんだな。
揚げ玉もお金とるかあ。
 
10時過ぎに羽田発。
ブレイディみかこ『This is Japan』の続きを読む。ところどころうたた寝
12時過ぎ、ほぼ時間通りに阿蘇熊本空港に着く。
ガタイのいい白人男性が大勢乗っていて、手荷物受取にワサワサといる。
妻が何かのスポーツの大会? と言うがなんか雰囲気が違う。
受け取ったリュックが迷彩の、子供3人は入りそうなもので
あるいは白い大きなそっけない袋をカートに2つか3つ。
アメリカ軍が合同演習を熊本で行うのか。
そう思うと、彼らは余計なおしゃべりをせず動きに無駄がなかった。
 
義父母と再会。義父の運転で熊本市街へ。
あれが最近できた TSMC の工場で、と教えてもらう。
飛行機の中に「技術実習生」という
腕章をつけたアジア系の若者が何人か乗っていたが、TSMC で働くのか。
 
今回も昼は『勝烈亭』で。
思い切って一番高いセットメニューにした。
「厚揚げ 六白黒豚ロースかつと大海老フライ膳」3,960円。
初めて海老フライを食べてみた。プリプリ、ブリブリ、食べがいのある海老だった。
ロースカツもいつもながら柔らかく、とろけるようだった。
ご飯と赤出汁をお代わりして腹いっぱいになった。
 
叔父2軒の家を訪問して家に戻る。
腹ごなしの散歩へ。
大通りを渡って、近くに『お弁当のヒライ』がある。
「自信南蛮弁当」「チキンのり弁」「デミグラスソースのオムライス」とどれもおいしそう。
しかも作り置きだけではなく、オーダーを受けて出来立てを提供する仕組みも整えていた。
もつ煮や角煮だったか、いくつかの汁ものメニューは鍋を置いて量り売り。
残念ながら「ちくわサラダ」は全種類完売。
一昨日東京に戻る日に空港で買おうと思う。
 
さらに歩いて『ゆめタウン』へ。かなり大きい。
イオンモールの代わりにここではゆめタウンなんだな。
大きい分、ざっくり。ダイソーも無印もロフトもかなりの売り場面積。
紀伊国屋書店があって、こちらも大きい。
先日竹書房文庫の『青森の怖い話』を読んだ。
熊本のがあるんじゃないかと見てみたら、あった。『熊本怪談』
おっと思って買う。
 
CD・DVD売り場があった。
熊本って九州で最初にタワレコが撤退した場所だったんだよなあと。
皆どこでCDを買うんだろ。もうCDは買わないか。
ここの売り場、J-POPは腰までの高さの棚がよっつ、
洋楽はさらに少なくそのうち棚2段だった。
まあそんなもんか。
 
1階の食品売り場へ。
妻ご当地ふりかけの「御飯の友」を買う。
カゴメのケチャップに激辛とカレー味があって買ってみる。
新しい学校のリーダーズがパッケージに写ってる。
東京で見たことなかった。
たまたま発売日がここ数日というだけなのかな。
 
18時を過ぎて外は真っ暗。
また歩いて帰った。
夜は水餃子と豆乳鍋
また腹いっぱいなりすぎた。
風呂に入って、夜は義父の集めていた焼酎を飲ませてもらい、
『熊本怪談』を読んで過ごす。

先週買ったCD #217:2024/12/30-2025/01/05

 
2025/01/02: 成田本店 paxしんまち店
[国内新品] Ann Burton 「A Lovely Way To Spend An Evening (Live In Japan 1977)」 \2200
[国内新品] Judy Garland 「Judy At Carnegie Hall」 \3080
 
2025/01/04: www.amazon.co.jp
[国内中古] Claire Rousay 「Sentiment」 \2090
 
2025/01/04: BOOKOFF練馬光が丘店
[国内中古] Dave Mason 「Split Coconut」 \990 --- Judy Garland 「Judy At Carnegie Hall」
 
CDショップというものも時代遅れになって、
その地域にまだ生き残っているCDショップというものがあったら
近くに立ち寄る度になんか1枚買うことにしている。
応援のため、というとどこか上から目線のようだけど、なにもしないよりはいい。
 
青森駅前、新町のアーケード街にある成田本店。
その地下に『pax』というレコード屋があって、カセットテープの時代を経て、CDへ。
前にも書いたことだが、CDが売れに売れた90年代までは
新町に『be bop』が2店舗、駅ビル:LOVINAの『新星堂』、
他、YAMAHAの楽器屋でもCDを売っていたのでCDを扱う店がいくつもあった。
『ササキレコード社』といった中古レコードの店もあった。
(恐らく高齢で店を閉めたのか、今もあったら宝の山になっただろう)
アウガの上の階の商業施設が元気だったころは、確か『バナナレコード』も進出していた。
中古CD屋があったのは確か。
 
今はそのどれもなく、pax が残るのみ。
成田本店の地下は閉鎖され、2階に移った。
(この正月に行ってみたら3階の文具売り場が1階に移動していたので、
 もしかしたら3階も閉じてさらに売り場面積が小さくなったのかもしれない。
 楽器売り場、もうないんだろうな)
 
その pax も半分はDVD・ブルーレイで、アナログレコードの扱いも始めた。
CDの取り扱いは少ないまま。
それでも洋楽が上から下までの2棚あって、ジャズが半分の背丈で2棚。
まだいい方か。
 
1月2日、善知鳥神社の初詣のあと。
さて、なにを買うか。
DiskUnion の『いますぐ聴いてほしいオールジャンル2024』が昨年末ひさしぶりに紙媒体で復活。
東京から持ってきたのを拾い読んでいた。
柴田聡子 / The Last Dinner Party / Hiatus Kaiyote の新譜があったら買いたいと思うも、
やはりその辺りはなし。
とはいえ何もないわけではなく。
アン・バートンの1977年、高知県でのライヴアルバムと
ジュディ・ガーランドの1961年、カーネギー・ホールのライヴアルバムと2枚買うことにした。
 
後者は、ルーファス・ウェインライトが同じくカーネギー・ホールで
セットリストもジャケットも完コピしたライヴアルバムを2007年に出していて、
そちらを先に聞いていた。
一人のエンターテイナー、一人の歌い手としての理想がそこにあったのだろう。
 ロイヤル・アルバート・ホールのコンサートを再現したように)
 
ルーファス版は下手にロック調とか現代的な音にせず、
ビッグバンドを引き連れて、1960年代初めのミュージカルのような音。
ガチだった。往年のジュディ・ガーランドの音もかくや、という。
妹のマーサ・ウェインライトも、当然のことながらゲスト出演。
プロデューサーはポール・サイモンの諸作などを手掛けたフィル・ラモーンだった。
 
ジュディ・ガーランドの本家版を遡って聞くとルーファス版との余りの地続きっぷりに驚く。
50年弱という年の隔たりをほとんど感じさせない。
こちらのほうがオーケストラとして本格的なのかな。
演奏家の人数は絶対本家の方が多そう。
どちらも甲乙つけがたい。
ルーファス・ウェインライトは憧れを持って近づくというよりも
ジュディ・ガーランドになり切っている。一遍の迷いもない。
でもやはり、参考にするものは何もなく、ただ自分のステージをやり切ったという
ジュディ・ガーランドの存在感の大きさに軍配は上がるだろう。
曲の間の語りも含めて、朗々と、威風堂々と歌いきる。
これをアメリカを代表する音楽、名ライヴアルバムと呼ぶのは当然のように思う。
 
曲目は子役時代のジュディ・ガーランドが主役を務めた
オズの魔法使い』から”Over The Rainbow”(虹の彼方に)をピークに持ってきて
後半はこの曲の合間合間に他の曲が挟まるという構成。
何度もあのフレーズが繰り返される。
他、ジュディ・ガーランドも出演者の一人だった『That’s Entertainment!』の表題曲や
”Stormy Weather” や ”Come Rain or Come Shine”(降っても晴れても)
といったスタンダードナンバーたち。
 
ルーファス版のブックレットを読み直していたら彼の両親、
ケイト・マクギャリグルとラウドン・ウェインライトIIIが1961年の
ジュディ・ガーランドの公演を見に行っていたようだ。その写真が載っている。
(キャプションにはマーサとあるが、まだ生まれていないので母ケイトの誤りではないか)
そういうところの縁も、ルーファス版を生むきっかけになったのだろう。