世界の終わる日#5

昨日の夜、世界が終わってしまいました。
あなたは死んでしまいました。
落下。あなたというものを形作っていた、あなたのかけら、
粒子や記憶の1つ1つが今ゆるやかなスピードで果てしない落下を続けています。
小さく、小さくなっていきます。
そして何もかもが離れ離れになっていきます。


そのときあなたは恋人と一緒にいました。
音楽を聞いていました。
音楽について、いくつかの言葉を交わしました。


生まれ変わったら魚になりたいとあなたはいつも口にしていました。
青い水の中を泳ぐ魚。
深い深い海の底を鮮やかな色の魚たちが
楽しそうに泳いでいる姿をあなたは時々、思い浮かべていました。


そのとき恋人はあなたの体に触れていました。
唇と指先。あなたは恋人の体に触れていました。


金属に包まれた生活。
プラスチックに包まれた生活。
そこには食べ物があって、そこには洋服があって。
たくさんの空気、たくさんの光。
口紅と雑誌。鞄と携帯。ミネラルウォーターの入ったペットボトル。
そういったものの全て。


あなたはそのとき目を閉じていました。
穏やかな呼吸を繰り返して、ゆっくりと数を数えていました。
心の中にとりとめもなく浮かび上がってくる
様々な形をしたものを数えていました。
柔らかい場所に寝そべって、眠りに落ちようとしていました。


そのとき世界のどこかで起こっていた物事。
そのとき世界のどこかで叫ばれた言葉。
誰かが見ていた夢。
その1つ1つ。


回転して、静止して、走り出して。
呼び止められて、泣き出して、笑いあって。


まだ小さかった頃のあなたが
母親に手を引かれて夕暮れ時に公園の中を歩いていたことを思い出す。
初めて動物園に連れて行ってもらった日のことを思い出す。
初めて図書館から借りた本。
父親の運転する車の中から見えた風景。
あなたというものを形作っていた粒子や記憶の限りない連鎖の中に
あなたはふっと背中を押されて放り込まれる。


そのとき恋人は無意識のうちにあなたの手を握り、大丈夫、と囁きました。
あなたは恋人のことを信じることにしました。
肌寄せ合って周りの物音に耳を澄ませて。


そして昨日の夜、世界は終わってしまいました。