百年の孤独

楽園へと連れて行ってくれる列車があるのだという。
楽園はこの世の果てにあるのだそうだ。


僕は全てのものを売り払い、部屋を引き払い、
小さな黄緑色の切符を手に入れた。
バスを乗り継いで最後は歩いていって、町の外れの駅へと向かった。
列車は1ヶ月に1度だけ発車する。
僕は乗り込むと空いている座席を見つけて腰を下ろした。


そこには様々な国の様々な人たちがいて、
僕にはよく分からない言葉を話していた。
楽しそうにしている人たちもいればつまらなそうにしている人もいた。
僕のように1人きりポツンとしている人もいれば、
4人向かい合って座る座席にぎゅうぎゅう詰めになって
乱痴気騒ぎを繰り広げている人たちもいた。


列車はいつのまにか走り出していた。
ゆるやかなスピードで滑るように前に進んでいた。
窓際の座席に座っていた僕は見慣れた風景を眺めた。
窓を開けていたので穏やかな風が入ってきた。
この町は昔友達が住んでいた、あの町は小さな時に連れられて来たことがある。
列車はいくつもの町を通り過ぎて
時々駅で立ち止まると新しい人たちをちらほらと乗せていった。


夕暮れが近付いてきた頃に僕はウトウトと眠くなる。
ハッと目を覚ますとそこには誰もいなくなっていた。
あれだけ大勢の人たちがいたのに、今はシンと静まり返っている。
そこには揺れている客車があるだけ。
列車は何事も無く走り続けている。


僕は客車のドアを開けて次の客車に入る。
同じように誰もいない。
その次も、さらにその次も。
先頭の運転室ですら無人だった。
機械で全てが制御されているのだろうか。
いくつかの小さなランプが赤に青に不規則に点滅していた。


僕は最初に座った場所へと戻った。
窓の外の風景は僕の見知らぬものになっていた。
別な国に入ったのだろうか。
列車はサバンナを抜けて森に入り、海辺に出るとまたサバンナに戻った。
単調な景色が夜も昼も繰り返された。
砂漠や雪原を走る日もあった。
そういえば太陽も月もずっと見ていなくて、どこに向かっているのかはわからなかった。
楽園を目指してどこまでも進んでいってるのだろう。
僕は誰かを、何かを、信じるより他無かった。


どれぐらいの月日が流れたのだろう。
何日かに1度、駅に到着してドアが開いた。
荒野に駅舎が建っていて細長いホームが伸びていた。
降りる人もいなければ乗ってくる人もいない。
しばらくするとドアが閉まってまた走り始める。


時々どこかからかすかに歌声が聞こえたような気がして、
耳を済まそうとするとふっと静まり返る。
それは鳥の鳴き声だったりすることもあれば
ピアノやバイオリンの単純なメロディーのときもあった。


もしかしたら今ここにいる場所そのものが楽園なのかもしれないな、とある日僕は思った。
この列車の中にいて旅を続けているという感覚。
どこかに着いてしまったらふっと消えてしまって2度と取り戻せなくなるような。
それが僕にとっての楽園なのかもしれない。
他の人たちは自分なりの楽園を見つけてそこで降りていった。
僕は1人きり列車に揺られていることを選んだ。
そういうことなのかもしれない。


いつも通りの森や荒野を眺めているうちに
「ああ、ここが世界の果てなのだろうか」と思った。
どこまでいっても何も変わらなくてただただ風景だけが広がっている。
僕は眠って、目を覚まして、それだけを繰り返す。
それまでのたくさんの思い出を1つ1つ数え上げる。


全ての思い出をたどりなおした頃、
ある朝突然列車は空に向かって走り出した。
その瞬間僕の体はふわりと浮かんだように感じられた。
そこにはもうレールは無く、列車はゆっくりとゆっくりと上昇を続けていった。
目の前から大地が遠ざかっていく。地平線が遥か彼方まで見えるようになる。
旅は続いていく。
たぶん終わりはないのだと思う。