歯医者に行く

このところ歯が痛むようになった。
甘いものを飲んだり食べたりする時にぼんやりとした不快感を感じる程度なので
痛くて痛くてたまらない、日常生活に支障を来たすってほどでもないのだが、
早めに行くに越したことはないと思い、会社の近くの歯医者を予約する。
帰省するたびに母親から「歯の磨き方が粗雑だ、
歯医者に行って正しい磨き方を教えてもらいなさい」と言われ続けているってこともあって
いつかは行かなきゃなと思っていた。
でも痛くもないのに行ってもなーとも思っていた。


会社員になってから一度も歯医者には行ったことがない。
もしかしたら最後に歯医者行ったのって20歳の時に親知らずを抜いた時かもしれない。
(このときはすんなり抜くことができず、歯を砕いて欠片を歯茎から取り除いた)
白い歯を保っていて歯の健康には常に留意、っていう人間ではないので
単にめんどくさがりなだけ。
それにしてもよくもまあこれまで行かずに済んだもんだ。
他の人はどれぐらいの頻度で歯医者に通っているものなのだろう?


会社の人たちに歯医者の場所をいくつか聞いたうちの中から1つ選んだ。
行ってみたら僕の担当となった歯科医は女性、かつかなりの美人で「おお」と思う。
歯科医にはもったいない。名刺をもらう。
衛生士もまたきれいな人で、「当たりやんか!」と心の中でニヤニヤ笑う。男の悲しいサガ。
2人がかりで僕の口を広げて上から覗き込んでいるわけで、
ある種のフェティシズムがあって想像力の非常にたくましい人ならば
身悶えするような状況と言えなくもない。
わざわざ金を払って自分の体に痛みを与えてさらに血も流しているわけで、
マゾヒスティックな人にとって歯医者ってのはなかなかの場所なのではないか?
なんてことを寝椅子に横たわり口をあんぐりあけた状態で考える。


(他に考えたことは、ちらっと見たスーツの裾の折り返しの部分がほつれていて
「うわーみっともねえな。しまった」というもの。
こういうのこんな時に限って見つけてしまうのはなぜなのか?
マーフィーじゃないが法則があるに違いない)


それはさておき。
一通り歯の状態を検診してもらい、今後どういう治療をするか決める。
僕は歯質が強いため虫歯にはなりにくいが、歯周病にはなりやすいとのこと。
今後はどちらかといえば後者のケアを心がけた方がいいと言われる。
歯の磨き方が雑な僕は前歯はどれも異常なしだったが、
奥歯は上も下もみな虫歯の兆候があった。
診察の前のアンケートで「歯槽膿漏が気になる」「悪いところは全て直したい」
というところにチェックをしたせいか、
まずは歯石を取って歯茎の炎症を和らげるところから始めましょうということになる。
この歯石を取るっていうのがマックで言うところの
「ポテトもいかがですか?」的なオプションなのかどうかよくわからんのだが、
せっかくの機会なので薦められる通り受けてみることにする。
他の歯医者なら削って詰め物をしただけで終わっていたかもしれない。
レントゲンを取るところから始まって、出来上がったシートを解説してもらって、
歯石を取って今日のところはおしまい。
来週はその歯茎の状態を確認するだけでもしかしたら終わり。
その後ようやく虫歯の治療になるのだそうだ。
重厚に、段階を追って物事が進んでいく。
これも周りを美人に囲まれたから「それでいいです」なんて言ってしまったんだろうな。
もう1度繰り返すが、悲しいサガ。


歯石を取る。
人によっては年に1度のペースで取り除いているようであるが僕は生まれて初めて。
(この世には他の人にとっては日常的であっても自分は体験していないというものがいくらでもある)
最初は手鏡をもたせられ自分の口の中を覗き込むという形で
歯科医の女性が先のとがったやつを手に持って歯の間を削るようにしているのを見せられる。
「こんなふうにして歯石というものがこびりついているんですね」みたいな。
長年の間に形成されて硬くなったものは手で取れないということで、
レクチャーの後は機械で除去作業を行う。
説明では強い水流を吹き付けるというものだったのだが、聞こえてきたのは
強烈に何かが回転しているかのような
「キュイーーーーーーーーーン」という歯医者独特のあの音で、
「来たー。これだよなー。くー」って思う。
前後左右全ての歯に「キュイーン」を当て終わると最後は手作業に戻って取り除く。
それも終了すると血のついたガーゼを見せられ、
「ほら、こういうのが」と真っ黒な歯石をピンセットで摘まれる。
きれいな女の人に見つめれながらそういう指摘をされるとある意味恥辱なわけで。
話をはしょると結論としては歯医者に来てよかったと思った。


最後に、歯の磨き方。
「これからはこういうところに気をつけて磨いてください」と1本1本丁寧に磨いてくれる。
(こういうところってのは「歯茎を優しくマッサージするように」「歯は細かく1本ずつ磨く」)
女の人に歯を磨いてもらうなんて思春期以後初めてのこと。
膝の上で耳掃除をするってのに通じるものがあって、「あー・・・」と思う。
とろける。毎回毎回別料金でいいから優しく僕の歯を磨いて欲しい・・・。


僕って騙されてるのだろうか?
それとも自ら進んで騙されようとしているのだろうか?
ファンタジーの世界に入り込んでいたのだろうか?


なんにせよ久しぶりに心がときめいた。