Plastic People

会社の帰り、地下鉄に乗って本を読んでいた。
どこかの駅に到着したときにふと顔を上げると、
左右に開いたドアから普通の人々と共に Plastic People が乗り込んでくるのが見えた。
赤い体のやつ。
居心地の悪さが車内に広まるんだけど、他の人たちは素知らぬフリをしていた。
僕も同じようにしようと本を読み始める。だけどうまくいかなかった。
困ったことに僕の隣の座席が空いていて、
Plastic People はツカツカと歩いてきてそこにストンと腰を下ろした。
彼らはプラスチックのような匂いがする。
だからそんなふうな名前で呼ばれている。
僕はもう本を読むことができない。閉じると鞄の中にしまって目を閉じた。
眠ってしまえればよかったのであるがその存在が気になって眠れない。
地下鉄がひどく揺れた時にその体が触れてしまって
(僕の右手の甲が Plastic People の左手の甲に)
ひんやりとした感触を感じてしまった。これで確定的だ。
やつは僕に興味を示し始める。


電車から降りて駅の外に出てバスに乗っている間も
停留所を降りてコンビニに立ち寄っている間も、
Plastic People は僕にピタリと寄り添ったままだった。
僕の歩くスピードに合わせ、後を付いてくる。


マンションの中だろうと関係ない。
僕は Plastic People がそこにいないかのように振舞わなくてはならなかった。
いたところで何をするわけでもない。
僕の知っている限りでは彼ら(もしかしたら彼女たち?)は
その見聞きしたものを(見聞きしているとしての前提であるが)
情報としてどこかで伝え合っているというのでもない。
彼らはただそこにいるだけ。
だけど情け容赦なく人間の生活に土足で入り込んでくる。
僕はネクタイを外しYシャツを脱ぐと、
コンビニで買ったヨーグルトを食べながら今週号のスピリッツを読み始めた。
テレビのニュース番組を見ると、
国会中継の片隅に黄色の Plastic People が立っているのがちらっと見えた。


シャワーを浴びるとその傍らに立っていて全身水浸しになる。
(その体がどんな素材で作られているのかはわからないが、驚くべき吸収性が発揮される)
トイレに行こうとすると狭いのでドアの前で立っていて待っている。
歯を磨き、パジャマに着替える。
ベッドに入ると彼はその側に立ち止まった。
さすがにベッドの中にまで入り込むことはしないが、
誰かに見下ろされながら眠るのは気持ちのいいことではない。
僕は背を向けて丸まって目を閉じた。とにかく眠ろうとした。


様々な噂。
Plastic Dog や Plastic Bug も出現し始めている。
レゴのようなものが道路を横切っているので何かと思ったら・・・。
ベトナムには白と黒の Plastic People がいるらしい。北欧は青いのが多い。
アメリカの大統領がにこやかに Plastic People と握手している写真。
(昔からよくある小型の宇宙人と会見している場面の合成と発想は一緒だ)
人類が徐々に徐々に Plastic People に置き換わっていっているという説。
それまで普通に暮らしていた人たちがある朝ふっと消えてなくなって
PP になっているというまことしやかな噂。
夜が明けた頃には僕も Plastic People になっているのだろうか・・・。


なんてことない風景だけの夢を見る。
・・・目を覚ます。意識がある。僕は僕のままだ。鏡を見ると僕の姿があった。
Plastic People はいなくなっていた。
僕はキッチンのテーブルに1人座って
いつも通りトーストを焼いてバターを塗って食べた。牛乳を温めて飲んだ。
洗い物を終えると着替えてYシャツを着てネクタイをしめて会社に出かけた。
駅までの道をいつも通り歩いていった。


ふと見上げると緑色の Plastic People が曇り空を飛んでいるのが見えた。
腕を前にまっすぐ伸ばし、早くもなく遅くもないスピードで。
僕は立ち止まり、そいつが空の彼方まで消えていくのを眺めた。
通勤途中のサラリーマンが何人も何人も僕を追い越していった。
空の彼方へ消えた頃僕ははっと我に帰り、駅までの道を急いだ。