東京6号

東京6号は夢を見ていた。
赤/橙/黄/緑/青/藍/紫。一定の間隔で色が切り替わっていく。
ある瞬間視界が縦に7つに区切られ、ランダムに色が瞬いては消えていく。
そのスピードがどんどん速くなる。ショートする。
白。そして暗闇。
色彩の残骸がフェードイン/フェードアウトしかけるが
全ては暗闇の中に飲み込まれていく。
色彩の1つ1つが生命を持っているかのようにうごめいて、もがき苦しむ。


目を覚ます。夜明け。
雲の隙間にオレンジ色によどんだ空が見える。
起き上がり、裸のまま窓辺に立つ。
渋谷区××の高層マンション。その最上階。
はるかかなた向こうまで東京の街並みがどこまでも広がっている。
無数のビル。無数の自動車。無数の人々。
東京。


シャワーを浴びた後、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを飲む。
PCの電源を入れる。いくつかの画面でいくつかのコードを入力する。
メールを読む。
「プロジェクト」から一通届いている。
「17歳の誕生日おめでとう」とある。そこから先数行を読み飛ばす。
「渋谷。4月27日(火)午前0時より行動を開始」
「昼の間に東京17号に接触し、情報は直接17号から得ること」
17号?これまで会ったことはない。
新しいパートナーってことか。
11号は撃たれて死んでしまったもんな。
あっけなく、あっさりと。頭を吹き飛ばされて。


ベッドの上には女性が眠っている。人類。裸で。口を開けて。呼吸している。
部屋の床に女性の所持品が散らばっている。椅子にはコートがかけられている。
28歳って言ってた。だとしたらたぶん30は過ぎてる。
「ボウヤいくつ?どうしてこんなとこに住んでんの?」
ことあるごとにフフって笑ってたことを思い出す。
机の引き出しから注射器のような形をしたものを2つ取り出す。
毛布の間から出ていた左手の甲に
1つ目を浅く刺して中の管をわずかに引き上げる。サンプルを採取する。
2つ目の刺して今度は逆にわずかに押す。
美しく整った女性の顔がわずかばかり歪む。
「今日の夜は渋谷から出といたほうがいいよ」
ポツリとそんな言葉をかけるものの、聞こえているはずがない。
「いいね?僕は忠告したからね?後のことは知らないよ」


17号に連絡を取ると「Book 1st. の地下」と指定してきた。午後3時。
エスカレーターを降りてすぐのところが音楽、左側がガイドブックのコーナー。
「東京サイトシーイング」という本が目に留まって読み始める。
他所の国からこの国を訪れたときに参考にする本のようだ。
どのページもカラー写真ばかり。ここ渋谷の街並みも載っている。
たくさんの若い人類たちが映っている。幸福そうだ。何も知らないから。
隣に女性の店員が立つ。本のストックを棚の中に補充しながらそっと囁く。
「ロクゴオ?」
軽くうなずく。
「10分後。休憩時間になるから一番大きな入り口の前で待ってて」
もう1度うなずく。
広げていた本を閉じて積まれた本の上に置くと17号はそれを拾い上げて棚の中に戻した。
ほっそりとした白い指先には傷1つない。
爪の先は薄い青に塗られている。


向かいにあった Excelsior Caffe に入る。
「パールアイス ラテ」
階段を上って2階席へ。窓辺に2人掛けの席を見つける。
17号は煙草に火をつける。「私ね、昼はバイトしてんの」
「そんなことして面白い?」
「うん。何の変哲もない人類に接するのって結構面白い。普通の人たち」
「ヒト?」
「ヒト。最近そんなふうに呼んでる」


話題を変える。
「地上にはいつから?俺は今日ちょうど2年目」
パールアイスラテの中にはタピオカが入っていた。
ストローで吸い上げるたびに甘ったるい感触を得る。
「私は1年とだいたい半年。10番台だからタイプは2C。2Bでしょ?」
「2B。旧式のデザイン。半年違ってるってことは水槽同じだったかもね。俺の後で」
「何番?」
「11」
「全然違う」17号はかすかに笑う。


「一応確認のためIDを見せてくんない?」
17号は真っ赤な財布の中からカードを引き抜く。
チップの上に人差し指を軽く押し当てて6号は目を閉じる。
情報は波のように寄せては返し、やがて視覚的なイメージを形作る。
「わかった。ありがとう。俺の見る?」
「うん」IDを渡す。17号も同じようにする。目を閉じてすぐにもまた開く。
「ふーん。ロクゴオってなかなか面白い経歴してるねー。
 一番長生きしてるのってもしかしてロクゴオ?」
「かもね」


その後で2人はその夜の出来事について話し合う。段取りの確認。
いつ、どこで、誰が、誰を。どれぐらい。


「バイト戻んなきゃ。じゃあ、後で」
17号は立ち上がるとトレイを持って消えていった。
6号はそのまま座り続けた。
窓の外、歩いている人たちを眺める。
様々な人たちが現れては消えていく。
視覚速度のモードを変えるとそれらは単なる色彩に過ぎなくなった。
ランダムに瞬いては消えていく。
ふっと頭を軽く振ってモードを元に戻す。


ジーパンのリアポケットから小さなアンプルを取り出す。
親指と人差し指で掴む。
茶色がかった赤い液体が7分目まで入っている。
手首をひねってひっくり返す。
あの女性は目を覚ましただろうか。どこへ行っただろうか。
逃れられただろうか。
この街から半径100kmの先へ。